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黒の魔女と魔具─テオス─

 


 ◇ ◇ ◇




 燃えるような太陽が、その身を焦がして沈んでいく。


 大鷲に跨がり、眼下に広がる真新しい世界を見下ろす。ここは、いままで渡ってきた数多の物語のなかで唯一、“終わり”が綴られていない世界。



 白の魔女の気配を感じる。私とは似て非なるもの。あたりを飛び交う無数の書物を手に取って、魔具を翳した。


 リーン、と鈴の音が響き渡る。純黒の羽根ペンの形をした魔具──テオス。開かれた物語のページのうえを、純黒の羽根が華麗に踊る。文字のなかの一文をなぞると、その一節だけ、紫色に光って切り取られた。


 空に浮かび上がった文字を、目の前の空間に解き放つ。



 "その迷宮は、一度足を踏み入れたら、二度と出ることはできない"



 文字は空間に刻み込まれ、強い閃光を放って消えた。カラスが無数に飛び交う。



 ──さぁ、白の魔女よ。人喰いのバケモノと共に優雅に舞うがいい。私はもう二度と、綴られた物語を歩むだけの操り人形にはならない。




 ◇ ◇ ◇




「優都様……! 大丈夫ですか!?」



 シルヴィアの声に、なんとか応えたところで、説得力は皆無だろう。魔女の毒林檎のお陰で、足が痺れて、一歩一歩足を前に出すことがやっとだ。


 おかしい。二階までの階段がどうやっても見当たらない。図書室の直ぐ隣が階段のはずなのに、白い壁が延々と続いている。



「ッ……なんで……」


「恐らく、黒の魔女の魔具(テオス)の力でしょう……。黒の魔女が、魔具(テオス)を使って物語を内側から書き換えているのです。まさか、ここまで力を取り戻していたなんて……」



 白い壁の先に、大きな姿見が見えた。本来ならば学校の玄関に置かれている筈の鏡がどうしてここへ。そう思った瞬間、空気が大きく震えた。強い眩暈に襲われたのかと首を振った瞬間、見る間に廊下一面が鏡だらけになった。


 洗面鏡に、階段の踊り場に置かれている筈の等身大の鏡。学校中の鏡という鏡が、一斉に姿を表した。俺の蒼白な顔を鏡は写して、妖しい光を放っている。



「今度は、なんだよ……」



 背後から、鎖の音が聞こえる。徐々に近付くその音に混じって、大斧が床を削り取る音。目の前の鏡には、俺に肩を貸すシルヴィアの姿と、そのずっと後ろから迫りくる巨大なミノタウロスの姿があった。


 ──もう、逃げ切れない。




「シルヴィア……、俺をこのまま連れてたら、逃げ切れない……。シルヴィアは、ジェイドと早く合流してくれ。俺は大丈夫だ、自分でなんとかする」



 シルヴィアの肩を軽く押した。このままふたり揃って死ぬよりマシだ。それに、ミノタウロスは体がデカイ分、足は速くはない。動きが鈍いなら、二手に別れてかく乱するか、俺が囮になって時間を稼げば、ジェイドが気が付く可能性が格段に上がる。あの中二病猫だって、竜の御珠で充分力を回復してる筈だ。


 シルヴィアから離れて、ミノタウロスとの距離を測る。走れないなら、目潰しでもして足止めさせるか。視界の隅にある消火器が目に入る。


 手に取ろうとすると、行く手を阻むようにシルヴィアの背中が立ち塞がった。




「行きません。優都様は、私がお守りします」



 シルヴィアが右手を翳すと、そこに白銀の弓が姿を現した。ファフニールと戦った時と似た弓だ。凛とした横顔が、"シルヴィア"の表紙に描かれた女神の姿と重なる。




「ジェイド様程ではなくとも、私にも魔法は扱えます。弓の師である王国の近衛隊長からの教えも受けております。いついかなる時も、生きる事を考えるのだと!」



 シルヴィアが弓をミノタウロスに向けて構えると、何処からともなく、リン、と鈴の音が聴こえた。


 瞬間、空間が歪んだ。鏡が立ち並ぶ廊下が、半円の大きな空間へと拡大していく。刹那、硝子を引っ掻く様な甲高い音が響いた。唸る不協和音は、鼓膜を容赦なくつんざく。



「な、なんだ……」



 思わず耳を塞ぐ。



「この声は……!」



 シルヴィアが驚愕に目を見開く。その視線を辿ると、立ち並ぶ鏡のなかに、虹色の影が横切るのが見えた。蛇の様にうねる巨大な体躯は、鏡から鏡へと移動していく。


 確かにそこにいるはずなのに、その姿の本体が見えない。鏡のなかにだけ、それは存在している。虹色に煌めく鱗と、額からそびえる二本の角、喉元の鱗が大きく震える度に、先ほどの不協和音があたりに響き渡った。



「レティシア様……!」



 シルヴィアが叫ぶ。鏡のなかを、まるで水のなかの様に泳ぎ彷徨う一頭の竜の姿。



「シルヴィア、あれは……まさか……」


「グロウディス王国の守護竜様です! 何故この様なところへ!!」



 ひときわ大きな咆哮が響いて、シルヴィアと天井を仰ぎ見ると、そこにもまた鏡があった。竜の透き通る様な青瑪瑙色の瞳が、こちらを見ている。



「グロウディス王国は、この事を隠しておられたのですね……。守護竜と王子様がふたり揃って姿を消してしまっただなんて、他国に知られたら王国の存続に関わってしまう」


「なんで……こんなやつまで、いるんだ……」



「きっとジェイド様同様、護衛として王子様のお側におられたのでしょう。ですが、いまは鏡のなかに封印されて──ッ!」



 シルヴィアの悲鳴が上がった。ミノタウロスの大斧が鎖の音と共にこちらに放たれた。大振りで力任せに投げられた大斧が、シルヴィアの足元の床をパックリと裂く。



「ッシルヴィア!!」



 大斧の刃身に、誰とも知らない者の赤黒い液体が滴るのが見えた。ミノタウロスが腕を振り上げる。大斧が軽々と放物線を描いて、持ち主の手元におさまった。その道筋を重たい鎖が躍り狂う。


 シルヴィアが矢を放つ。けれどそれは、ミノタウロスの身体に届く前に、跳ね上がる鎖に当たって砕け落ちた。大斧で遠くから攻撃して、鎖で防御なんてまさに鉄壁だ。


 ミノタウロスの身体が上気して、あまりの高温に、あたりの空気が歪んでいる。




「……ッシルヴィア! 守護竜の封印はどうやって解くんだ!?」


「鏡を下手に割ってしまうと、レティシア様は永久に鏡のなかへ閉じ込められてしまいます。何か強い魔力をぶつけて、魔力の干渉を起こすしか……」



 魔力の干渉。だったら思い浮かぶ方法はひとつしかない。鏡の側まで歩く。毒のせいで、たった数メートルの距離が遥か遠くに感じる。喉の奥が熱い。さっきより、呼吸がままならなくなってる。意識が今にも飛びそうだ。



「……ッシルヴィア……念の為っ、聞くけど……この守護竜は……味方、だよな」



 シルヴィアが矢をミノタウロスに向け放ち続ける。鎖が防壁となって、暴風が吹き荒れるように、ことごとく矢を叩き落としていく。



「えぇ、勿論! レティシア様はとても高潔な守護竜様です。黒の魔女にこのような封印をされ、とてもお怒りのご様子です!!」



 振り続く矢の攻撃の合間に、ミノタウロスがふたたび太い腕を振り上げた。大斧が勢いをつけて、その手から離れる──


 もう、今しか、無い。





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