白雪姫
放課後、図書室で本の山を漁る。シルヴィアがこちらに渡ってきた時、本の内容は白紙に戻された。ジークフリートもそうだった。だったら、黒の魔女が記されている本も白紙になってる可能性は高い。
何処か抜けているページが無いか、しらみ潰しに本のページを捲っていく。人気が無くなると、シルヴィアも立ち並ぶ本の間を飛び回って昨日同様魔力の気配を探ってるようだった。
もう閉館時間も近い。蝶の命を借りてるシルヴィアの残された時間を思うと気持ちばかりが焦る。
王子も何かしら代償を支払ってこっちに来ているはずだ、その代償の反動で姿を現すことができない可能性だってある。色々と調べたいことは山積みなのに、嗅ぎ慣れた本のインクの香りが、やけに眠気を誘う。
──昼間の気疲れが祟ったのか、いつの間にか俺は、そのまま眠り込んでいたらしい。静まり帰った図書室にひとり残されて、目を開けた。
目の前には開いたままの本。机に突っ伏した状態で眠っていたらしく、背中が痛い。図書の先生に施錠を頼まれていた事を思い出して、立ち上がろうとした瞬間、本の山を滑り落とした。
乱雑に広がる本を見て、ハッと我に帰った。
「──ッシルヴィア!!」
ヤバい、蝶のままのシルヴィアから目を離していた。どんだけ時間がたったんだ!?
時計を見ようと顔をあげて、そこで異変に気付いた。花の香りと、傍らに広がる金糸の髪に。
俺がさっきまで眠りこけていた机に、同じ様に突っ伏して眠るシルヴィアの姿。桃色の唇をほんのり開いて気持ち良さそうに眠っている。
「シルヴィア……?」
何かの拍子に人の姿に戻ってしまったのかもしれない。
シルヴィアは深夜遅くまで陰陽道の術について学んでいると凛花から聞いた。なかなか筋がいいとは聞いてはいたが、肝心な時に抜けてしまうシルヴィアが心配になってくる。
このままじゃあ、魔力の香りが。そう思うけれど、シルヴィアの穏やかな寝顔を見てると、それを壊す気には到底なれなかった。
多分、ジェイドも近くにいる筈だ。何かあればジェイドが飛んでくる。そう思って気を緩めた瞬間──無意識に、シルヴィアの頬に触れていた。手の甲から伝わる熱は、確かにそこにある。
触れた瞬間感じた柔らかさに、何故か胸が苦しくなった。
◇ ◇ ◇
「なんだ……?」
違和感に気付いた。図書室から見える窓の外が真っ暗だ。まるで夜だ。さすがにそんなに眠り込んではいない。時計の針もまだ夕方の時刻だ。
窓の外を見ようと近付いてみて、息を呑んだ。外は、まさしく暗闇。夜空が見えてるなんてもんじゃない、まるで校舎ごと空に浮かび上がったように、外がそのまま夜の闇に繋がっていた。
「どういうこと、なんだ」
窓を開けようとしてもびくともしない。図書室の扉も確認しようとして踵を返すと、何かにつま付いた。床をこぶし大のなにかが転がる。
点々と足元を転がるそれは、あまりにこの場にそぐわないモノ。いっそ不気味な程に艷やかに色付いたそれは、真っ赤な林檎。
なんでこんな所に。拾いあげてよく見てみると、それはひとくちだけ齧られていた。
──まさか。
嫌な予感がしてシルヴィアの方へ振り返った瞬間、グラリと視界が歪んだ。平衡感覚が無くなって、思わず床に手をつく。目の前がぐるぐる回る、まるで床に引っ張られるように足に力が入らない。
喉の奥が焼けるように熱くなって胸元を抑えた。なんだこれ。渇いた咳が込み上げ、歯が疼く。手足の末端が痺れて感覚が鈍くなっていく。
これは。
「クソッ……!」
制服の裾を引っ張り上げると、ジェイドがつけた六芒星の紋様が赤い光を灯していた。いつもとは明らかに違うその色を見て血の気が引く。
──従者の誓いが発動している。
シルヴィアが眠っている理由は、恐らくこの毒林檎のせいだ。その反動がいま俺に来ている。それだけシルヴィアの身も危険ってことか……! 額に滲んだ汗が床に落ちた。
「ッジェイド! いるんだろ……返事しろ!!」
このままだと俺もシルヴィアも危ない。
黒の魔女が直ぐ側にいるのは確かだ。こんな状態なら、逃げだすこともできない。
扉のドアノブに手をかけたその時、扉の向こう側から、何かを引きずるような音が聞こえた。重量物が床を擦る音。鉄がぶつかり合う重い鎖の音も一緒にする。
辺りはヒンヤリと冷たい空気にいつの間にか変わっていた。ビッショリ掻いた手汗でドアノブが滑る。崩れ落ちそうになる身体をなんとか支えながら、扉をゆっくり開いてみると、まず最初に真っ暗な闇を映した窓が視界に飛び込んで来た。
そして、感じたツンとする錆の匂い。
──なんだ、なにかがいる。




