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恋とはどんなものかしら(裏声)

 





「あ、シルヴィアお帰り!」




 シルヴィアとふたりで凛花の家に戻ると、シルヴィア達が今朝いた縁側からファフニールを抱っこした凛花が歩いて来た。


 凛花の所へ駆け出そうとしたシルヴィアが不意にこちらに振り向いた。桃色の唇に人差し指を添えている。首を傾げて答えると、シルヴィアはさっきまでの落ち込んだ様子を感じさせない華やかな笑顔を綻ばせた。


 あぁ、さっきの事は黙っておいてほしいってことか。凛花に心配は掛けたくないんだろう。


 俺が笑って頷くと、またシルヴィアはいつか見たみたいに、可憐にお辞儀をすると直ぐに凛花のところへ踵を返した。



「そりゃあそうだよな、記憶……無いんだもんな」



 シルヴィアの背中を見て独り呟く。愛されていた記憶も思い出もなにもないのに、不安になるな、なんて言う方が無理だ。


 まさかシルヴィアが王子が自分と同じ気持ちじゃないかもしれないなんて悩んでいたなんて、考えもしなかった。そんな事をボンヤリ考えていると、縁側で人型の紙がちょこんと体育座りしているのが見えた。



「……凛花、お前の式神あんな所で何してるんだ」


「ん? あ、違う違う。あれはジークフリート」



「はぁ!?」



「なんかね、“私はしばらく人間を辞める……”って言って、そのままあんな感じ」



 凛花は肩をすくめた。人型の紙の式神姿をしたジークフリートの背中はなんとも言えない哀愁が漂っている。ジークフリートは宿敵の仔猫化が思った以上に堪えたらしい。黄昏るように夕陽を眺めていた。




「貴方がジークフリート様ですか?」



 シルヴィアが背中を丸めてジークフリートに挨拶をしている。ジークフリートの事はここに来るまでにシルヴィアに話しておいた。ジークフリートは優雅に立ち上がると右胸に手を当ててお辞儀をして見せた。勿論、式神の姿のままだ。



「私はシルヴィアと申します。お目にかかれて光栄です」


 シルヴィアもまた律儀に頭を下げた。ジークフリートも確か身分は王子だった気がするが、ふたりの社交界をぶち壊すように、お尻をふった黒いハチワレ猫が忍び寄る。



「おい! ジェイド、ジークフリートで遊ぶなよ!」


「なにやらケモノの本能が(うず)くのじゃ!」



 時すでに遅し、ジェイドがジークフリートの動きに合わせて飛び掛かった。猫の本能とは実に恐ろしい。ファフニールまで真似をしてジークフリートに仔猫パンチを繰り出す。


 短い紙の手足で、それを必死にかわすジークフリートの姿が思わず憐れに見えてしまった。





 ◇ ◇ ◇




「……大丈夫か?」



 しばらく猫二匹に弄ばれたジークフリートは、縁側で力尽きていた。ジェイドもファフニールも遊び疲れて座布団の上で昼寝ならぬ夕寝中だ。


 今日はシルヴィアと凛花が夕飯を作ってくれるらしい。美味しそうなカレーの匂いが鼻腔をくすぐる。久々に自分以外の人が作った晩飯が喰えると思うと、余計に腹が減ってくる。


 庭に植えられた満開の桜が風に吹かれて沢山の花びらを舞い散らせる。


 桃色の花びらが手元に落ちてきた。




「……ジークフリート、お前、恋ってしたことあるか」



 思わずこぼれ落ちた言葉だった。自分らしくない言葉に内心寒気がした。


 こんなこと、式神姿のジークフリートに言ったところで答えなんて返っては来ないってわかっているのに、桜の花びらを見ていたらシルヴィアの事を思わず考えていた。



「シルヴィア姫のことか」



 場にそぐわない凛々しい声がして一瞬驚く。さっきまで(しな)びた式神がいた場所に、人の形に戻ったジークフリートの姿があった。


 鳶色の瞳がこちらを見る。夕陽に照らされた精悍な顔立ちは、男の俺でさえ見惚れるほどの見事な造りだ。さっきまでの式神と同じ人物とは到底思えなかった。



「お前、人間辞めるんじゃなかったのか」


「私も恋のひとつやふたつ知らない訳では無いからな。シルヴィア姫は王子を追い掛けて、わざわざ危険を犯してまで異世界に渡ってきたんだろう。すべては恋というやつのせいだろうな。失礼かとも思ったが、ジェイド殿に事の始終は説明してもらった」



 そこまで知ってるなら。



「お前ならこの状況をどう思う」


「シルヴィア姫の王子のことか」


「あぁ、お前だって“王子”だろ?」



 ジークフリートは空を見上げて沈黙する。王子のことは王子に聞いたら一番早いと思った。



「王子として、役目を果たさなくてはならないという気持ちは大いにわかる。同じ男として、自分自身の力を試してみたい気持ちも」


「じゃあ、シルヴィアは……見捨てられた訳じゃないんだよな」



「見捨てる?」ジークフリートは笑った。



「本気で惚れた女性だからこそ、危険を犯す価値があると思ったのだろう。ユート、お前の恋敵はなかなか強敵だぞ」


「恋敵って、お前……」



 何を言ってるんだ、こんな時に。



「まさか自覚が無いのか?」



 ジークフリートが目を剥いてこちらを覗き込んだ。



「自覚もなにも、シルヴィアが王子を好きなのは分かりきってる事だろ、恋敵なんてあり得ない。俺はただ早くシルヴィアの王子を見つけて、従者の誓いやらなんだのの呪いを解きたいだけだ」


「本当にそう思っているのか、ユート」



 ジークフリートは微笑した。雰囲気が少しだけ柔らいだ。これが凛花の言う甘い笑みというやつだろうか。




「身分違いの恋なんてなにかの麗しい唄のようじゃないか。お前がどう思おうが勝手ではあるが、私はお前にだって十分勝算があると思っている。なにせ、お前の物語は白紙だろう、どのような可能性だって秘めている」




 そう言ったきりジークフリートはまた紙の式神姿にもどった。言うわりに未だ落ち込んでいるのか、ジークフリートは仔猫姿のファフニールを一瞥(いちべつ)して、床の上に()の字を書いていた。




タイトル変更致しました。

「白の書のお姫様」→「白の書が綴る物語」W様アドバイスありがとう!



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