シルヴィアの本音
なんだかシルヴィアらしくないと思った。思ったけれど、それがシルヴィアの心からの本音だった。
シルヴィアが時折見せる不安そうな表情の意味も、やっとふに落ちた。
正直ずっと口にしなかったが、シルヴィアがこちらに渡ってきた時、そもそも何故王子は迎えに来なかったのか疑問に思っていた。
魔力の干渉が強いから黒の魔女が気が付いて、直ぐ様ファフニールをけしかけて来た。ファフニールもジェイドもあれだけ派手にやらかして、王子が気付かないなんてことが果たして本当にあるのだろうか。
黒の魔女と遭遇した時もそうだ。おとぎ話のお姫様を助けるのはいつだって王子の役目のはずだ。
責任転嫁? 上等だ。残念ながら俺はサラリーマンの父親とパート勤めの母親を持つ王子様でもなんでもない極々普通の高校生だ。
俺自身だってシルヴィアに助けてもらっていながら、なにも言える立場じゃないのは重々承知だったからずっと黙っていた。
「シルヴィアが不安な気持ちもわかるけどさ、一国の王子が異世界に来るのって相当な覚悟が無いと来られないんじゃないか」
シルヴィアは静かに頷いて、ギリギリの想いを抑え込むように胸に手を当てた。
「……私は、こんな自分が恥ずかしいのです。私は王子様がご無事であればそれだけでいいと、そう思ってこちらに渡ってきたのに、こうして心揺れてる自分が……許せないのです」
まただ。また、俺は自分自身に違和感を覚える。なんだ、この感情。
胸を抑えてみると、そこがキリキリと痛かった。そもそもジェイドやシルヴィアが、王子が姿を現さない違和感に気が付いていないはずがなかったんだ。
「異世界の書を囲んで双方の国で会議をしていた時、私が行かなければと、そう強く思ったのです。たとえ、王子様の気持ちが、私に無くとも……」
そう言ってシルヴィアがこちらにクルリと向き直った。もうその顔は、いつもの屈託の無い無垢な笑顔だった。
いや、違う。
今更気が付いた。シルヴィアが今日わざわざ着物を着ていた理由が。髪に飾られた蝶々のかんざしの訳が。
こんなに綺麗に着飾っていたのは、王子に会えると思ったからだ。
すべてシルヴィアの王子の為に。
シルヴィアが右手をかざすと、その手に蝶々が誘われて集まってきた。風が吹いて優しく頬を撫でる。
「それでも……惹かれてしまう。記憶を消されても、この心は抗いようが無く、王子様を求めて、今この時も。なんとなく感じるのです。王子様もどこかでこの風を感じているのだと、この同じ空の下で」
シルヴィアの心のなかは、いつでも王子の事でいっぱいなんだ。当然の事なのに、それが何故だか、寂しい気持ちになった。
何処から迷い込んだのか、黒いアゲハ蝶がシルヴィアのまわりを飛んでいた。ひときわ存在感がある蝶々を見て、ふとシルヴィアは呟いた。
「黒の魔女も……もしかしたら、帰る場所を探しているのかもしれません」
思わず首を傾げる。
「帰る? 黒の魔女の帰る場所は、白の書だろ? シルヴィア達と同じ」
見つめるシルヴィアの瞳が、なにかを思い付いたような、そんな鋭い光を宿している。
「いいえ、黒の魔女は元々は私達の世界の住人ではないのです。別の異世界から突如渡って来ました」
黒いアゲハ蝶はシルヴィアの指先にとまった。瑠璃色の瞳が優しく細められる。
「まさか、じゃあ、別の本から?」
ずっと黒の魔女はシルヴィアの世界の人間だと思っていた。あの異質さは、この世界のものだけでは無かったのか。
「はい。どの書物かまでは私達も見つけ出すことはできませんでした。けれど、どうやら本から本へ渡っているようなのです」
「いや、だってその度に世界の理に代償を支払い続けていたら、さすがに身が持たないだろ」
これまでの三人を見ていても、世界の理は容赦が無いのだと俺の頭には叩き込まれていた。一回でもキツそうなのに、何回も渡るなんてもう俺の頭のキャパを超えてる。
「それは……私にも、わかりません」
アゲハ蝶がシルヴィアの手を離れ、飛び立った。なぜか脳裏に大鷲に乗ってひとり彷徨う黒の魔女の姿がよぎった。
シルヴィアが言う事が本当なら。
「もしかしたら、黒の魔女の帰る場所を見つけてやれば、勝手に自分の本の世界に戻ってくれるかもしれないって、そういう事だよな」
あんな物騒な登場人物は早々に撤退してもらいたい。そうすればジェイド達も動きやすくなる分、王子も格段に見つけやすくなる。まして黒の魔女の何かしらの力が働いて王子が姿を現さないって言うのなら、黒の魔女さえどうにか出来れば一石二鳥だ。
ようは黒の魔女を無力化してやればいい。
シルヴィアが俺の瞳を見て、力強く頷く。
「黒の魔女は底知れない魔力を持っています。今までは運良く難を逃れて来ましたが、出来れば私もジェイド様も対立は避けたいのです。黒の魔女の正体さえわかれば、黒の魔女が本来帰る場所を見付けられるでしょう」
久しぶりに公開しました!読んで下さる友人と皆様に感謝致します( ;∀;)感涙
完結は必ずするつもりですので、立ち止まりながらですが最後までお付き合い頂けますと幸いです。




