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シルヴィアの依り代

 






「シルヴィアー」




 もう日も暮れてくる時間なのに、一向に戻る気配の無いシルヴィアを探して凛花の家の裏手にある林のなかに入った。


 場所は大体ジェイドに訊いてきた。離れていてもお互いの居場所がわかるよう、シルヴィアとジェイドにはふたりだけの魔法の契約が成されているらしい。




「おーい、シルヴィア」



 にしても、言われた場所にもう着くってのに、シルヴィアの姿が見えない。


 従者の誓いという呪いのお陰で俺が無事ってことは、シルヴィアも無事なはずなんだけど。



「シールーヴィーアー」



 後藤がシルヴィアの探してる王子ではなかったんだって、どうやって話そう。

 あんなに楽しみにしていたのに、シルヴィアの顔を見たら言えそうにない。


 ジェイドに言われた通り、林のなかの河原に辿り着いた。離れからはさして遠い場所でもない。




「あ、」



 ──足元にタンポポの花だ。


 白い綿毛が風に運ばれてくる。顔をあげてみると、そこに広がる光景を目にして思わず顔が(ほころ)んだ。とてもシルヴィアらしい。


 生い茂った木々がぽっかりと開けた空間には、黄色いタンポポと白い綿毛の群生。



「隠れた穴場だな、ここも」



 タンポポの花畑のなかにしゃがみこむと、濃い緑の香りがした。タンポポの蜜の香りに誘われて、沢山の蝶々が飛び交っている。


 明るい陽射しのなかに照らし出された不思議な空間が、蝶達にとっても俺にとっても特別な居場所のように思えて居心地が良かった。


 一羽のモンシロチョウが俺のそばを飛んでいる。





「凛花が言ってた後藤は、シルヴィアの探してた王子じゃなかったみたいだ。……なんか、残念だったな」




 伝えにくいけど、シルヴィアの王子が見付からなくて、なんだかホッとしてる自分もいた。そんな自分に少し驚きつつも悲しい気持ちになった。




「ごめんな……シルヴィア、俺なんも役に立ってなくってさ」



 俺はジークフリートのような戦士でもないし、凛花みたいに陰陽道に精通してる訳でもない。ジェイドのような魔力もない。


 俺ができることなんて、せいぜいうどんを作るくらいか、シルヴィアの身代わりになるくらいか。


 できればジークフリートのように戦えるなら格好もつくんだが。




「……謝る必要なんて、ありません」




 シルヴィアの声がした。


 目の前のモンシロチョウが淡い光を放って、その光がたちまち大きくなっていく。光が拡大するにつれそれは人の姿に変わっていった。



「私こそ、謝らなくてはなりません」



 目の前には薄紫色の着物姿のシルヴィアの姿があった。両手を前で固く握って、うつむいている。



 あらかじめジェイドからはきいてはいたけれど、こうして間近で蝶からシルヴィアの姿に変わっていく光景を見るのは、やっぱり不思議な気持ちだ。



「シルヴィアの依り代はモンシロチョウなんだって、本当だったんだな」


「はい。慌ててこちらの世界に来たものですから、よく考えもせずに」



 ふふ、とはにかんでシルヴィアは笑った。いつもならこっちまで笑いたくなる笑顔なのに、なんだか淋しい笑顔だった。


 シルヴィアは蝶の命を依り代にしたとジェイドは言っていた。けれど、蝶の寿命は短い。春の、あたたかいこの季節だけしか生きることはできない。


 その間に王子を見付けて、シルヴィアは元の世界に戻らないと、依り代の寿命が尽きてシルヴィアはこの世界から消えてしまう。


 その理は、ジェイドがかけた従者の誓いも不可侵らしい。




「とても怖いのです」


「怖い?」



 シルヴィアは笑顔を消して、背中を向けた。




「そりゃあ……怖いだろうな、黒の魔女に追われながら、わずかな期間で王子を見つけ出さないといけないんだから」



 けれど、シルヴィアは首を横にふる。続くシルヴィアの答えは俺の想像とはまるで違った。



「……私は、王子様を見つけ出してしまうことが怖いのです」


「え?」


「こんなに沢山の方にお力添え頂いているのに、私はとても罪深いのです」



 風が吹くと沢山の綿毛が舞い上がった。ふたりで、それをしばらく見つめてからシルヴィアは言葉を続けた。




「王子様と私の婚姻はすでに私達が産まれる前から決められていて、それでも私は王子様との婚姻を心から望んでおりました。この方の為なら、王子様と共に生きていけるのならば、私はどんなに幸せだろうと。けれど、正式な婚姻の前に、王子様は姿を消してしまわれた。私は、あの方を見付けていいのか……わからないのです」



 見つけていいか、なんて。俺から見たら王子はとても運がいい男に思える。例え政略結婚だとしても、シルヴィアの花嫁姿はとても似合うだろう。

 その姿が簡単に想像できたが、なぜか考えたくないような、矛盾した気持ちも生まれた。



「王子は竜の御珠を探しにこっちに来たんだろ? シルヴィアと自分の国を守る為に。黒の魔女からも追われて、身を隠してるから帰るにも帰れず」


「……本当に、本当にそうなのでしょうか」



 シルヴィアの声がわずかに掠れていた。うつむいて向けられた背中がひときわちいさく見えた。




「私は、私に向けられた王子様の笑顔ひとつ、思い出すことができないのです」





ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。自身では10年ぶりの小説投稿になりますが、かなりブランクを感じつつ手探り状態で書いてます。そんななかお付き合い頂きまして、心からの感謝を申し上げます。

とても中途半端で歯痒いですが、このあたりで一章の終わりですので、第二章に向け、ここで一旦更新をお休みさせて頂きます。


*更新再開しました。

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