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黒の王子

 




 その声は重くどこまでも憎しみに満ちていた。


 首筋で冷たく金属音が鳴る。喉元に押しあてられた物が抜き身の剣なのだと気が付くにはさして時間がかからなかった。



「お、前……」


「ノコノコと竜の魔力に吸い寄せられて来るとは、相変わらず頭の悪いやつだ」



「なんだ、な、んの話……だ」




 竜の魔力の存在まで知っている。


 俺がなんとか言葉を紡ぐたびに喉元に剣を強く押しあてられる。切先はかろうじて(まぬが)れているが、それが僅かに角度を変えた瞬間、俺の首は切り裂かれる。


 背中から聞こえる冷淡な声は、なおもそのまま言葉を続ける。




「だが、まさか人の姿に化けているとは、こちらで待ち伏せていて正解だった」




 ──後藤? いや、シルヴィアの王子か?



 まさか、俺を黒の魔女の手先かなんかと間違えてないだろうな。


 やめてくれ、こんなところで死にたくない。




「く、……」



 反論しようにも喉に押しあてられた剣にひとつの隙も無い。



「ほう、そのような姿になってまでも命が惜しいか。いいだろう、正々堂々と勝負をしようではないか。さぁ、その本来の姿をここに現すがいい──!」



 急に切先から解放され勢いよく背中を押された。地面に転がりそうになって慌てて黒猫を胸元に抱え直す。



「ちょっと待て! 俺は別にお前の邪魔をするつもりはない!」



 男の前に右手を掲げて黒猫を庇う。コイツまで切られるのか? なんとか逃がす方法はないのかよ。



 視線を上げて相手の姿を確認する。そこには褐色の肌に黒髪長身の男が立っていた。何処か異国の戦士を思わせるような精悍な顔立ちと、鋭い瞳が冷酷な印象を抱かせる。


 手には一振の剣。その剣先はこちらに向けらている。一歩でも動いたら喉元を切り裂かれそうな気迫。その姿はまるで一頭の狼のようだ。




「お前……まさか、後藤、か……?」



 まくり上げた白いシャツの袖から、逞しい腕が垣間見える。笑った顔はどうだか知らないが、凛花から聞いていた"後藤"の姿そのまんまだった。



「そんな名前は仮初めのものだ。お前こそいまここに姿を現せ! 邪竜ファフニール!!」



 ──は?




「ふぁふ……?」




 なんて?




「……さ、さぁ、姿を現せ! ファフニール!」



 後藤はちゃんと言い直してくれた。心無しか少し焦っているように見える。


 まさか、後藤もそろそろ勘違いだと気付きはじめているのか……?



 後藤は俺がなにかに化けたものだと思っているらしいが、俺も伊達に剣道をやってはいない。あほづらの俺の顔を見て、後藤の剣を構える手元に迷いが生じているのを見逃さなかった。


 でも、ふぁふにーる? どこかで聞いたことがある。確か本で読んだな。



「……あ、あぁ、"あの"ファフニールか」



 思い出した。ファフニールって英雄ジークフリートに倒された竜の名前だよな。確か毒の息を吐いて、鋼の鱗を持った禍々しい程の力を持った邪竜ファフニール。黒い巨大な体躯に、紅い瞳の──



 ま・さ・か。




「ミー」




 胸元でか細く鳴く黒猫に目を向ける。




「ミー」



「さぁ、姿を見せてみろ! ファフニール!!」




 意気込む後藤は明らかに俺を見て言っているのだが、まさか……ファフニールって黒猫(コイツ)の事か? 毒の息こそ吐かなかったけど、炎は撒き散らしてたな。



「いや、悪いけど後藤。……多分、お前が探してるやつはコイツなんだが」



 黒猫を指差して言ってみる。さすがに無害な仔猫を切る理由はないだろう。




「嘘を言え! この期に及んで大条際が悪いぞ、ファフニール!!」



「ミ!」



「あ、ほらな、返事した」



 腕のなかの黒猫が勢い良く返事をする。まさか、と後藤は目を丸くする。



「ファフニールって、もう一度呼んでみろって」



 俺が言うと、恐る恐る後藤が「ふぁ、フぁフにール!」となんだか少しズレたイントネーションで名前を口にした。

 それでも黒猫は「ミ!」と答える。



「ほらな?」


「まさか! こんなことがあるはずがない!」


「いや、だから、マジなんだって」




「だがしかし、ファフニー」「ミ!」




 もはや言葉を待つことも無く黒猫は鳴いて答えた。後藤の鋭い瞳が徐々に相手を射貫く強さを失っていく。


 後ろに流されて整えられていた後藤の前髪がはらりと額に落ちて、端正な顔に影を落とした。さっきまでの憎しみに燃えたぎる男の顔は、いまやただの絶望した美青年の顔になっている。




「お前、もしかしてジークフリート?」


「あぁ……そうだ」




 後藤は力無く答えた。


 気の毒としか言い様がない。その姿からしても英雄ジークフリートその人で間違いないとは思った。宿敵が仔猫に生まれ変わっていたら、竜殺しと名高い豪傑も形無しだ。


 後藤──いや、ジークフリートの鳶色の瞳がまるで哀願(あいがん)するように黒猫を見つめる。




「……まさか、本当にお前がファフニールか? あの邪悪と名高い邪竜の、」



「ミ、ミー!」




 どこで覚えたのか黒猫は鼻を高くあげてドヤ顔をする。まぁ、その姿の心当たりはひとつしか無いが。


 カランとジークフリートが剣を地面にすべり落としたかと思うと、ガクリと膝から崩れ落ちた。黒猫ファフニールがいまや勝ち誇った顔でジークフリートを俺の腕のなかから見下ろしている。




「おぉ、黒猫。お前、ちゃんとその辺の記憶はあるんだな」



 どの本でもやられ役だった邪竜ファフニールが、等々英雄ジークフリートを打ち破る時が来たのか。黒猫ファフニールからは、またまた「ミ!」と短い答えが返ってきた。



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