その名はジェイド
──いせかい?
瑠璃色の瞳がこちらを見る。まさか、聞き間違えだろうか。聞き直そうと一歩近付く。
「下がれ、無礼者!」
突然、部屋中に響いたしゃがれた爺さんの声で罵倒された。眼前に稲妻のような閃光が走る。青白い光に目が眩んだ。
──ちょ、マジ、もーなに。
冷や汗が止まらない。こんな光よりもいまの俺の方が一層青い顔をしてるハズ。だって……
「フン、愚民の分際でワシの姫様に一目お目にかかれただけでも光栄に思うが良い」
俺と金髪碧眼の美少女の間に立ち塞がり、悪態をつきながら現れたそれは、ちいさなふわふわの手をペロペロと舐めて自身の顔を洗っている。
白地に黒のハチワレ模様、尖った耳。全身を覆うツヤツヤの毛並み。ゆらゆらと揺れる黒い尻尾を身体に巻き付けて上機嫌にこちらを見ている。
「さぁ、偉大なる我が魔力の前に平伏すが良い!」
ヒゲを高くあげて意気込んでそれは言うけど、前足上げる度にピンク色の肉球見えてるし。
「つか、猫じゃん。そもそもこっちが聞きたい。猫なのになんで喋ってんの?」
思考が全然追い付かない。美少女が突然現れただけで混乱してるのに、なんか稲妻とか出るし、中二病みたいな猫が喋ってるし。
「そのお声はジェイド様ですね! ジェイド様もご無事でなによりでした。どうやら、その方は私に危害を加えるつもりはないようです」
本の山を除て、足元の大量の本につまづきながらも少女が立ち上がった。乱れた髪を整えるように頭を振る。腰まで伸びた金糸の髪が揺れ、夕陽のオレンジ色と相まって彼女のまわりだけ光を帯びているように見えた。
その優雅な姿に思わず見惚れてしまう。
「失礼致しました。私はシルヴィアと申します。彼は我がラフィル王国の守護竜であります。名をジェイド様と」
そう言いつつシルヴィアと名乗る少女は猫の頭をナデナデした。
「ジェイド様、とても愛らしいお姿になられましたね。さすがは竜のなかでも最強と唄われるジェイド様であられます。あえてこの様なハンデを自分に課すだなんて」
「うむ、こちらに竜の姿では渡れなんだ。その辺の凡庸な生き物を依り代にしおったらこの様なモフモフになりおった」
「とても可愛いらしいです!」
シルヴィアはジェイドという名前らしい猫をおもむろに抱っこして頬ずりしている。盛り上がるふたりとは裏腹に、俺の胸中は尋常ではないこの状況に恐怖すら覚えていた。
──はて、守護竜とは? 我が王国って言いました? こわいこわいこわい。