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竜脈の源泉の祠

 




 “猫ちゃんがうどん食べたいって”



 翌朝、スマホの着信音が鳴ったと思ったら、凛花からそんなメールが届いていた。昨日の疲れで足が思うように動かない。


 それでも何故か這うようにベットから降りると、知らない間に台所に向かっている自分に恐怖を覚えた。これも従者の呪いのせいなのか。


 ジェイド、どんだけうどん狂なんだ。



 鍋に大量のうどんを作った俺は、凛花の家の前で立ち尽くしていた。


 昨日は暗くてよくわからなかったが、豪奢な門扉の前であらためて純日本風の伝統的な屋敷の佇まいに感嘆した。




「優都! いま手が離せないからそのまま入って!」



 インターフォンを押そうとして鍋で手が塞がっている事に気付く。下手に動いたら鍋どころか肩に乗せた黒猫まで落としそうだ、どうしたものかと考えていたら、インターフォン越しに凛花の声がした。監視カメラかなにかか、さすがこれだけ大きな屋敷なら結界どうのに加え、防犯機能の面でも長けてる。



「お邪魔します」


「優都、猫ちゃんのうどんは用意できた?」



 門扉を過ぎたところで凛花に声を掛けられた。縁側に凛花とシルヴィアの姿があった。凛花がシルヴィアの髪を結っている。



「ちょっと待ってて、もうすぐだから」


「あ、あぁ……」



 器用にシルヴィアの金糸の髪を結い上げる凛花の姿は普段のイメージとは違っていて驚いたのもあったが、シルヴィアの薄紫色の清楚な着物姿にも驚いた。



「凛花様のご家族の方に着せて頂きました」



 シルヴィアは長い袖の部分が物珍しいのか左右に振って遊んでいる。ジェイドが案の定その袖に掴まろうとピョンピョン跳ねている。


 竜の御珠の力も相まってジェイドの毛並みはひときわ艶々に輝いていた。



「ジェイドもシルヴィアも良かったな、ちゃんと休める場所を見つけられて」


「はい! 優都様と凛花様のお陰です。本当にありがとうございます」



「にゃ!? うどんかの!?」



 予想はしていたが、ジェイドがこちらに真っ直ぐ掛けてきた。



「俺の名前はうどんか?」


「よし、できた!」



 凛花が勢いよくそう言うと、満足そうにシルヴィアの肩を軽く叩いた。手鏡でシルヴィアに結い上げた髪を見せている。髪にさした蝶のかんざしがシルヴィアの髪にとても似合っていた。




「ユート! ユート! 今すぐその器をワシに寄越すのじゃ!!」


「ッわかったから、ちょっと待て」



 いまにも鍋に食らい付きそうな勢いのジェイドを素早く交わして、俺は凛花の家の台所を借りることにした。




 ◇ ◇ ◇





「うまいにゃ、うまいにゃ──!」



 目の前に出来立てのかき揚げ入りうどんを喰らうジェイドの姿。黒猫を俺の肩から下ろしてやると、すぐさまジェイドの所へトテトテ歩いていった。



「このかき揚げというものは、なんじゃ! けしからん程の旨さじゃ! うどんの黄金の汁に浸かった瞬間なんとも言えない旨味を醸し出しているにゃ!!」


「たらふく食えよ」



 食べてるときのジェイド程、無防備な時はない。頭をガシガシ撫でてやっても、一心不乱に鍋に顔を突っ込んでいる。猫舌も竜にとっては関係無いらしい。鍋ごと持ってきて正解だった。




「優都様は、本当にお料理がとてもお上手なのですね」



 ジェイドががっつく前に小分けしたうどんの器を手に、シルヴィアは出汁の香りをゆっくりと楽しんでいる。



「この至福の香り、どのような優れた香料でもこのかぐわしい香りには敵いません……」



 シルヴィアの頬が薔薇色に色ずく。これ程までに自分が作ったもので喜んでもらったこともない。


 しかも、うどん。



 このあたりは富士山の麓の綺麗な水を生かしたうどんが名物だ。


 子供の頃からの行きつけの店に去年の夏にアルバイトで雇ってもらい、そこで腕を磨いた。その苦労がこんなところで役に立つとは。




「ジェイド様もすっかり元気になられて本当に良かったです」


「さすがは陰陽道だな」



 凛花の家の人達はシルヴィア達が普通ではないとすぐ気が付いて快く迎え入れてくれた。俺はというと、これから凛花の剣道の稽古に付き合わなければならないが。



 昼に間に合うように凛花の家に来たのだが、どうやら後藤はまだ現れてはいないようだった。


 そわそわと落ち着きがない黒猫を小脇に抱えて散歩に出る。凛花との約束の稽古の時間にはまだ早いし、ジェイドはこの前同様腹がいっぱいでしばらく動けないだろう。

 シルヴィアも少し休ましてやりたかったから、一声かけて黒猫とふたりで外に出てきた。



 こうして日中になってあらためて見てみると緑の葉が萌える山道は清々しくて気持ちが良い。


 黒猫もキョロキョロとあたりを見回している。目の前に蝶々が近付くと、怯えて腕のなかにもぐり込んできた。蝶の一匹でプルプル震える姿は、到底あの恐怖のドラゴンの成れの果てとは思えない。



「お前の名前もそろそろ付けてやらないとな」



 名前も無く、呼び名が黒猫のままなのもなんだか味気無い。こいつも後藤──いや、本物の王子が現れたらシルヴィアの世界に帰るのか。


 帰る? そう言えば、コイツは黒の魔女がどこぞから召還した竜だってジェイドは言ってたな。



「お前、帰る場所わかるのか?」



 黒猫に問い掛けてみても、まんまるの目をパチパチと瞬きして「ミー」としか言わない。もはやその姿には庇護欲(ひごよく)しかかられない。


 こいつはシルヴィアの城かどっかで飼ってもらうしかないな。



 山道を道なりに登って行くと、ちいさな洞窟があった。もしかして、このなかに竜脈の源泉の祠があるのか?


 道はここで途絶えているし、洞窟の入り口はしめ縄が飾られている。




「なにか感じるか」



 黒猫に念のため訊いてみたが、やはり「ミー」と鳴いてるだけだった。


 ジェイド曰く、黒猫もあながちいまの姿に悪い気もしてないと言ってたが。竜の姿に戻れる保証はないらしいし、帰る前になんかうまいもんでも食わせてやりたい。


 あっちでは食えないようなやつを、うどんはまだ早そうだし、なんかないかな。



 そんな事に考えを巡らせていたから、俺は背後から近付いた人の気配にまるで気が付かなかった。強い結界のなかだと言われ、完全に油断していた。


 背後から掛けられたその声を耳にした時、俺は自身の警戒心の無さを心から後悔した。




「やっと、見つけた」




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