竜の御珠
「こ、こんなに簡単に見付かっていいのか……?」
思わず言葉がこぼれ落ちた。シルヴィアは口元に両手をあてたまま固まっている。
気付けば黒猫までもが竜の御珠に近寄ってペタペタ肉球で触っている。
「あはははは! なにこの仔猫! 仔猫の姿はしてるけど、この子も竜なんだね! 可愛い!!」
念願の竜の御珠は思ったよりも大分早く見付かったようだ。
じゃあ、ってことは……
「凛花、まさかさ、最近、これを探して誰か……来なかったか……?」
「誰か? あぁ、きたきた! なんか凄いイケメンが来たよ。竜の御珠なんて親族とそのへんの年寄りくらいしかいまはもう知らないからさ、若いイケメンが来て家中ちょっとした騒ぎになったよ」
「そ、その方は! ご無事でしたか!?」
シルヴィアがあわてて声を張り上げた。シルヴィアにしては珍しく体を乗り出して、その頬が心無しか紅潮している。
「無事? 無事もなにも健康体そのものって感じ。竜の御珠もまだその時はここにはなかったからさ、代わりに祠を見ていったけど、また来るって言ってたな。名前は確か──後藤って言ってた」
"後藤──!"
恐らく王子の偽名なのだろうが、異世界の王子様の名乗った名前がまさかの後藤!
「容姿とか覚えてるか? やっぱりシルヴィアみたいな異国風の人?」
「んー?」と唸る凛花は首を傾げて眉を寄せる。シルヴィアが記憶を消されている以上、探し人の実際の容姿すら俺達にはわからない。
なにか特徴があれば俺達だって探しやすい。
「異国風っていえば異国風かも? なんかパリッとした白いシャツを着崩してて、肌は小麦色に焼けてシャツをまくり上げた腕は逞しくってさ。一見冷たそうなんだけど、笑った顔なんて甘くて──」
「キャー」っと身悶える凛花の顔も紅潮している。王子様、めちゃめちゃイケメンじゃねぇか。
シルヴィアに視線を送ってみたけど、シルヴィアはそれを聞いてなにかわかるというわけでもないようで、静かに畳に視線を落とすと首を横にふった。
そんなシルヴィアの代わりに言葉を続ける。
「その……後藤さん……は、次はいつ来るとか言ってた?」
「あ、うん。この竜の御珠を見たかったみたいだったから、ここに安置される時期を教えたら、その頃また来るって言ってた。まだ来てないから、あと一週間以内には来るんじゃない?」
シルヴィアが両膝を立てて瞳を輝かせた。祈るように胸の前で重ねた両手がわずかに震えている。
「シルヴィア、良かったな」
「はい!」
勢いよく言うシルヴィアは目元を指で拭った。凛花が不思議そうに首を傾げる様子を見て、シルヴィアが事の始終を説明し始めた。
ゆっくり、でも分かりやすく順を追って説明をするシルヴィアのその横顔に安堵の色が浮かんでいる。
──なんだ帰れるじゃん、シルヴィア。
王子様、ちゃんと見付かって良かった。
◇ ◇ ◇
その後、ジェイドもシルヴィアもそのまま凛花の家に泊まらせてもらうことになった。
ジェイドの力が安定するまではしばらく結界が張られた凛花の家に居候させてもらえることになった。どのみち王子様が一週間以内には迎えに来る。短い時間の僅かな滞在だ。
黒猫は何故か俺にベッタリヘバリ付いて離れないから、俺のアパートに連れて帰ることにした。
竜の御珠も王子もこんなにあっさり見付かるとは。夕飯も食べ終え、ベットに仰向けになりながら天井を仰ぎ見る。
黒猫が顔の横で丸くなった。たった一晩だけでも賑やかだった空間は静けさを取り戻して、なんだかこっちのがいつもの日常のはずなのに、どこか違和感を覚えた。
「王子様か……」
王子がシルヴィアの世界に戻って来なかったのも、竜の御珠が日本中あちこちを点々としていて、探しようがなかったからかもしれない。
でも、竜の御珠の在処がわかっている今なら、もうすぐふたりは会える。
「どんなやつなんだろ」
なぜか胸のなかに不安がよぎる。夜の闇に呑まれて嫌な想像ばかりが頭に浮かぶ。
そもそも後藤はちゃんと本物のシルヴィアの王子なのだろうか。王子の記憶が無いシルヴィア自身には確かめようなんてないし、ジェイドは相変わらずのポンコツだ。
後藤は本当にただの後藤で、実はこっちの世界の人間だけど、シルヴィアが涙目で駆け寄ったら、あらぬ事を考え、こちらの世界の事には無知なシルヴィアをうまく言いくるめ好き勝手しないと言い切れるだろうか。
今日一日の疲れが全身を襲う。瞼が少しずつ重くなっていく──
“優都様!”
意識を手放す前に、シルヴィアが俺の名前を呼んで屈託なく笑う姿が瞼の裏に浮かんだ。