祝福の唄
「ちょっと周り道して行くか」
クルリと方向転換する。俺も昔は可愛い時期があったな、なんて感傷に浸る。今更どうでもいい話だ。
公園のかたわらに実は隠れた穴場スポットがある。あまり派手でもないし、観光客を呼ぶ程のものでもない。俺が秘かに見つけた隠れ場所だ。
アパートとは反対方向に歩いていくと、直ぐに白い鳥居が見えてきた。地元の人がたまに立ち寄るようなちいさな神社だ。
坂になった神社の拝殿まで上がると、一応お賽銭箱にみんなで小銭を投げ入れて鈴を鳴らす。無信心な俺は正直なんの神様を祀ってるのかそれすら知らない。
シャンシャン、なんどもジェイドが鈴を鳴らして遊ぶから、失礼だぞ! と軽く頭をこついてやった。
……俺以上の無信心がここにいたことを忘れていた。
シルヴィアも不思議そうに、それでも言われた通りに手を合わせて目をつむっている。
「こちらの人間には不思議な習慣があるのぉ」
ジェイドもぶつくさ言いながらも一緒に手を合わせた。黒猫はミーミー言いながらなんとか手を合わせようとしてコロコロ転がっている。
黒猫を抱っこして神社の裏手にある丘を登る。途中シルヴィアとふたりですべって転びそうになりながらも丘の上にたどり着くと、シルヴィアが感嘆の声を上げた。
丘一面に咲き誇るタンポポの群生。一面が黄色い絨毯のようになっている。風にタンポポの花が揺れると、葉と葉が擦れてなんとも言えない風の音を奏でた。
「ここからなら街が一望できるし富士山もよく見えるだろ」
「ムムム、なかなか良い場所ではないか! ユート!」
「ミー!」
黒猫がタンポポの大群に駆けていく。黄色い花に埋もれて直ぐに姿が見えなくなったかと思うと、ジェイドがあとから駈けていって黒猫に飛びかかった。
黄色い花びらと綿毛を撒き散らして二匹は遊び転げている。
シルヴィアが一歩前に出ると胸に手を当てた。振り返ったシルヴィアの顔には咲き誇る満面の笑み。
「優都様、なんて美しい光景なのでしょうか! まるでこの世界すべてを祝福しているかのようです!」
歓喜するシルヴィアの瞳は輝いている。こんなに喜ばれるなら連れてきて良かった。横に並んでシルヴィアを見下ろすと、シルヴィアの深い瑠璃色の瞳に凛とした強さが宿っていた。
「王子様も、きっとこの場所のどこかにいらっしゃるのですね」
毅然としたその姿に、もといた世界の本来のシルヴィアの姿を垣間見た気がした。
銀色のティアラに白銀のドレス。群衆の前に堂々と立つ一国のお姫様としての気品に満ちたシルヴィアの姿を。こうして気高い瞳で城のなかから街並みを見守っていたんだろう。
「願わくばあの方も、ご無事でありますように」
そうしてシルヴィアが口ずさんだ歌を、俺はきっと一生忘れない。シルヴィアがこの世界すべてのものに感謝と祝福を送る優しい祈りの歌を。
シルヴィアの記憶にはない、愛しい人を想った唄を。