タンポポの花
興奮気味にシルヴィアがことの経緯を説明してくれた。話をきいてみると、同行した女子たちの集団に呑まれ、挙げ句あまったチケットを譲り受けたシルヴィア一向は、まぁ簡単に言えば、そのままの勢いで一日青空リゾートランドパークを満喫してきたらしい。
「見せて頂いた“こんさーと”も、それはもう夢のようで、とても素晴らしかったです!」
「丸焼きの肉も食べてきたぞ! ユート!」
「ミーミー!」
メシまでちゃっかり奢ってもらったのか。
いつの間にかジェイドは俺の頭の上を定位置とばかりに陣取っている。ジェイドがまた世話しなく俺のデコを前足でたたく。
「やめろ! 毛根を労れ!!」
肉球ペチペチが今朝より激しい。
「大きな竜もおった! ピンク色をしとった! 巨大黒猫もおったのぉ!!」
「ピンク色のドラゴンって……ドドゴンか?」
「そうじゃ、ドドゴンじゃ! 小さき人間が沢山よじ登っておった」
ドドゴンは大きなピンク色の巨大ドラゴンで、テーマパークの有名マスコットキャラだ。ドドゴンの全身をアスレチックにしたドドゴンジャングルジムは、あまりに有名だ。
「……なんか、楽しかったんだな」
人の気も知らず。三人ともキラキラした瞳をしている。全身の力が抜けて、ふにゃ、とベンチの背もたれに体を預けた。
「テーマパークのなかなんて一番あり得ないと思ってた。どうりで見つからない訳だ……」
「急な体調不良で来られなかった方がいらっしゃったそうで。途中私のドレスも乗り物で破れてしまったのですが、困っていると服まで用意して下さり、髪も邪魔にならないようこのように器用に結って下さいました」
すげぇ、親切な人もいるもんだ。
「ミーミーミー」
ヨタヨタして足元をふらつく黒猫を膝に抱えてやる。被りものが邪魔かと思って外してやろうとすると、頭をフリフリして避けられた。
「この帽子はビンゴ大会という競技でジェイド様が勝ち取ったものです。この子も優都様にこの可愛らしい帽子を見せたかったのでしょう」
ふふん、と得意気なジェイドの鼻息がデコにあたる。近くで俺の顔を覗き込むシルヴィアの顔を見て、幻覚じゃないんだとあらためて知る。
「まぁ、無事でなによりだ」
なんかもっと言いたいことあったはずなんだけど。三人とも無事なら、もうどうでもいいか。興奮冷めやらぬ三人の今日の活動報告に耳を傾けながら、今日もまたこのままアパートに帰るしかなさそうだな、と悟った。
◇ ◇ ◇
アパートまでの帰り際、シルヴィアが何度も足を止めるから不思議に思って俺も足を止めた。確か今朝も何度も足を止めてたけど、見るものすべてが珍しいんだな、と思って気に止めてなかった。
けど、あまりに頻繁に足を止めるから、なにを見ているのか気になってシルヴィアの視線の先を辿る。
そこにはなんでもないただのタンポポの花が咲いていた。どこにでも生えてる小さい花を見て、シルヴィアはそれを心から慈しむように優しい笑みを称えている。
「シルヴィア、タンポポ好きなの」
尋ねてみるとシルヴィアはしゃがんでタンポポに手を伸ばした。白い指が黄色い花びらにそっと触れる。
「タンポポ、と言うのですか。私たちの世界にこの花はないのです。異世界の書にはこの黄色い花のことが書いてありました。獅子の名を持つ、強い花だと」
深く嘆息するシルヴィアの横顔が、遠いどこかの女神みたいだった。心から尊い物を見るように瑠璃色の瞳が細められる。
「本物を、ずっと見てみたかったのです」
シルヴィアの隣にジェイドがならんだ。一緒になってタンポポの花を覗き込む。
「獅子はワシらの国の象徴じゃ。こうして見ると太陽のようじゃの」
「獅子の歯って別名があるんだよ。日本語だとタンポポだけど、めちゃめちゃ増えるぞ? 綿毛が飛ぶからさ」
タンポポなんて雑草の一種なのに。シルヴィアの姿を見てると、どこにでもあるタンポポの花が、まるで世界に一輪だけ咲いた尊い花に思えてくる。
あぁ、思い出した。
俺も子供の頃、この黄色いタンポポが好きだった。母の日は普通カーネーションだけど、なにを思ったか俺は自分が一番好きなタンポポを母親にプレゼントした。
そうだ、本当は好きだった。けど、いつの間にか世間の常識に流されて、日々の喧騒のなかで目も向けることすらなくなっていたんだ。