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邂逅

 



 図書委員というのは非常に面倒くさい。図書の本の貸し出し期間は原則ニ週間。延滞三週間を切った時点で次回の貸し出しに対するペナルティがつく。


 それ以上の延滞を続けるような不届き者がいる場合は、図書委員自らが延滞者から本を奪還するという途方もない任務が課せられる。




「ぞうさんと、僕」



 ポツリと呟いたのは手元にある本のタイトル。一ヶ月以上延滞者を密着し、やっと本日奪還した本のタイトルだ。



「子供かっ」



 不毛なやり取りのなか、やっと手にした本なだけに表紙の幼稚なぞうの絵を見ているだけでイライラしてくる。


 もうすでに大分日も落ち、図書室に続く廊下はオレンジ色をしている。閉館時間もつい三十分も前に過ぎた。このような時間に図書室に行けるのは図書委員の特権かもしれない。


 図書の先生が既に施錠した扉にこれまた図書委員特権で借りたカギを差し込む。回したカギ穴から金属が押し下げられる音が静かに響く。



 使い古された(さび)れた木製の扉を開けた瞬間、図書室独特の本の匂いがした。もちろん誰もいない。けれど、かすかな風を感じる。



「あれ、窓が開いてる」



 窓際のカーテンが一ヵ所だけ揺れている。窓の閉め忘れなんて几帳面な図書の先生にしては珍しい。



「用事でもあったんかな」



 さすがにこのままでは不用心すぎるので窓を施錠しようと近付く。そこでまた違和感に気付いた。


 ──花の匂い?



「なんだ?」



 本と埃の匂いにまじって嗅いだことがないような甘い香りがする。色気もそっけもない図書室では無縁の香りだ。



「ん……」



 並んだ机の影からわずかに聴こえたちいさな声。視線を落とすと、最初に視界に飛び込んできたのは散乱した本の山と、その上に大きく広がった白地の布。



 その光景を目にして、自分が今なにと遭遇しているのか一瞬我が目を疑った。布、と思ったそれは長いドレスのスカートだった。本の山に埋もれていたのは、ひとりの女の子。


 純白のドレスを彩る金色の巻き髪、透き通るような白磁の肌、ふっくらとした頬に伏せられた飴色の睫毛。


 無造作に投げ出された手足は人形のように均等が取れていてる。それらが夕陽に照らし出され黄金に(またた)いているその姿はまさに──



「天使……?」



 ──いや、まさかそんなはずはない。



「ん、ん……」



 女の子の唇から声がもれる。緊張のあまりゴクリ、と生唾を呑む。




「えっと……」




 ──どういう状況だ。自分の頭が混乱してることだけはわかる。



 右往左往していると目の前の彼女の閉じられた瞼がゆっくりと持ち上がった。(うつ)ろな目でこちらを見るその瞳は深い海のような瑠璃(るり)色。それはどこまでも澄んだ色だった。


 まるで彼女のすべてが、おとぎ話のお姫様その者だ。



 いや、そんな馬鹿げたことを考えている場合ではない。どう見ても日本人ではなさそうだし、先生を呼びに行こうか迷っていると、上体を起こして彼女の方が先に俺に話し掛けてきた。





「……あの、ここは……異世界でしょうか」





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