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走り出したバスの先

 



 走って追い掛けてはみたものの、助けを求めるシルヴィアの心配そうな顔はどんどん遠ざかっていく。バスはしまいには大量の排気ガスを俺にぶっかけて、視界から消えて行ってしまった。


 バスが走り去った先をむなしく見送って、なんかのドラマのワンシーンみたいだと思った。



 ──いや、めげるな俺! 行き先はわかってる。



 ヨロヨロと砕けそうになる自身の足を鼓舞(こぶ)する。昨日から走り通しだ。けど、あんな世間知らずの集団、いつ変な(やから)にいいようにされるかわかったもんじゃない。



 テーマパークまでは俺の足で走って30分くらいというところだ。なんてことない。途中のバス停で降りてる可能性だってある。



 にゃはははは! というジェイドの笑い声がきこえた気がした。


 あのポンコツ猫! マジで許さねぇ。なにが守護竜だ、なんにも役に立ってないじゃないか。



 その後、結局テーマパークの入り口までは完走したが、シルヴィアたちの姿はどのバス停にも見あたらなかった。


 バスの運転手に訊いてみようかとも思ったが、同じようなバスは何台も停まっている上に、シルヴィアと似たような格好をした人なんて山のようにいた。


 こんなの訊いたところでわかるはずない。



 どうやって探したらいいんだ。スマホも無い、あっちは俺とハグれたら帰る場所だってわからないと思う。


 さすがにテーマパークは入園前にチケットの確認をしているから、テーマパーク内にはいないはずだ。さすがにあいつらも金は持ってない。チケットは買えない。


 このあたりをしらみ潰しに探すしかない。

 


 自分でもなんでこんなに必死なのかわからない。ジェイドが掛けた"従者の誓い"とやらの呪いのせいなのか。シルヴィアが命の危険に晒された場合は、俺がその身代わりになるっていう。


 だから、これは俺なりの自分の命への防衛本能なのか?



 不意にドラゴンの前に立ちふさがったシルヴィアの凛とした後ろ姿が思い浮かんだ。バスが視界から見えなくなるまで必死に窓を叩いていたシルヴィアの不安そうな顔も。飴玉ひとつで笑い転げてる笑顔も。


 形は違えど、俺のためにあんな必死になってくれる女の子を守って死ねるくらいなら、こんな意味の無い命にも少しは生まれてきた意味があるんじゃないかと、今は思っている自分に気付いた。



 街中探し回ってシルヴィアらしき人影があれば声を掛けて、とにかく駆けずり回っていてその後の記憶は悲惨過ぎて覚えていない。


 もはやどこをどう走って来たのか、誰にいつ声を掛けて誰と話したのかも憶えていない。



 気付けば夕方。いつの間にか俺はシルヴィアたちとはぐれた公園まで戻ってきていた。知らずにゴミ箱の蓋を開けてなかを覗いていた自分に気付いて、ハッと我に帰る。いや、さすがにゴミ箱のなかにいるわけがない。



 もしかして自分達の世界に戻ったのかとも思ったが、白の書は俺の部屋に置いたままで部屋には鍵がしてある。結局、俺無しでは帰ることもできないはずだ。ペタリとベンチに力無く腰掛けた。


 あぁ、また幻聴だろうか。シルヴィアたちの笑い声が聞こえる。ムカつくジェイドの笑い声も、いまはなんだかホッとした気持ちになる。




 "ミー"



 おぉ、そうだった。黒猫。アイツも腹が減ってんだろうな。腹減りすぎてまたドラゴンに戻ってなきゃいいが。




「ミーミー」



 ん? これは幻聴じゃない。


 目の前に黒い仔猫。俺のズボンをちっちゃい前足で攻撃して、挙げ句よじ登ろうとしてきた。この懐きよう。


 うちの子か? まさか。



 だって、なんか可愛らしい頭飾りを付けている。星が付いた魔法使いの三角帽子みたいなのをつけられてる。




「……お前、まさか」


「優都様! ただいま戻りました」




 それは、まるで澄み渡る青空みたいな声だった。


 振り返ると、夕日を背にひとりの少女がこちらに駆けて来る。白に黒のハチワレ模様の猫を連れて。



 蜂蜜色の髪はなぜか綺麗に結いあげられていて、ひるがえる純白のドレスも、白いどこにでもある様な既製品のワンピースに変わっていた。


 けれど可憐な姿と、瑠璃色の瞳は変わらないまま。




「……シルヴィア?」



「はいっ!」




 満開の花のような笑みを(たた)えたシルヴィアがそこにいた。




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