クルマのヌシ
朝飯も食べ終えて、ガスコンロに水道、トイレ、テレビに、色々なものを物珍しそうに触りまくるひとりと二匹を見かねて、休日だし、とりあえず外に出てこのあたりをブラブラ散策することにした。
黒猫はシルヴィアが胸に抱えて、なぜかジェイドは俺の頭の上に前足を掛けて乗っている。尻尾で巧みにバランスをとるから背中がムズムズする。
「ちょ、おい! 肉球でペタペタすんな! くすぐったい!!」
「乗り心地は悪くないのぉ。にょほほほほ!」
「ジェイド様はあちらでは竜の姿でしたから、体がちいさいことをとても楽しんでおられるのですね」
「ミーミー」
なんか楽しそうだな、おい。
とりあえず近くの公園まで歩いて行って、行くあてもないからまた学校に戻ろうかと考えていると「ユート! ユート! 」と、しきりにジェイドが俺のでこを肉球でペンペン叩いてきた。
「やめろ! ハゲる!!」
鬱陶しいから頭から引きずり下ろしてやろうかと思っていたが、ジェイドは観光バスを見て大興奮している。
「にゃんだアレは! あの乗り物だけはやけにデカイぞ!! お主が言う"クルマ"というやつのヌシかの!?」
「ヌシって……」
某狩りゲームじゃないんだから。
車についてはとくにジェイドはお気に入りらしい。当然あちらの世界に車なんてものはないらしく、軽く仕組みだけは教えてやったけど、ジェイドは車が通る度に鼻息を荒くして興奮している。
そこに大型バスと来たら、車ファンのジェイド様としては放っておけなかったらしい。
「乗る?」
と、言ってみたら、当然答えは三人一緒だった。
「にゃ!」
「はい!」
「ミ!」
嬉々としてバスに駆け寄る三人──いや、ひとりと二匹の後ろ姿を見て。
なんか、あれだな。甥っ子たちの面倒を見ている気持ちだな。
異世界観光幼稚園の旅、みたいな感じか?
「優都様! アレはどのように停めたらよいのでしょうか」
シルヴィアがクルリとこちらを向いてバスを指差す。太陽の下で見るシルヴィアの長い髪は金色というより優しい蜂蜜色だ。はしゃぐシルヴィアの動きを追うようにあとから長い髪がきらめいて、純白のドレスもまたひときわ眩しく見えた。
「可愛らしいわねぇ、なにかの撮影かしら」
「海外の女優さん? 日本語上手ねぇ」
すれ違う人が口々にシルヴィアたちのことを話している。
……ってかさ、めっちゃくちゃ、目立ってるけど!!
濃い魔力の干渉を受けた俺にしか姿は見えない、と言っていたけど、いやいや、めちゃめちゃすれ違う人が振り返って見てるけど!!
「お母さん! あの猫喋ってたよ!」
「違うわよ。腹話術かなにかでしょ。猫は喋らないの」
「はははは! お父さんだって腹話術くらいできるぞ」
親子連れまで気付いてる。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ!」
スライディングする勢いで慌ててジェイドを取り抑える。「にゃん? クルマのヌシはどうやって捕まえるんじゃ?」とか、呑気に言ってるジェイドを小脇に抱えてダッシュで一目に付かない所まで走る。
公園のトイレの脇で、ズズイとジェイドに顔を近付ける。
「お前ら全員、他の人に見えてるぞ!!」
「にゃん?」
ジェイドは一瞬、ポカンとしたアホ面を見せたあとに、可愛らしく顎をひいて上目遣いをして見せた。
「ワシの昨夜の魔力の影響が広範囲に広がっておるようじゃの」