その名は富爺の山
「おぉおお!」
「あわあわあー!」
「ミーミーミー!」
翌日は奇妙な三人の声で起こされた。
「ちょ、なに……」
部屋全体が朝日に照らし出されてなんかめちゃめちゃ眩しい。いつの間にかカーテンが全開になってる──どころか風まで入ってきてる。
「寒っ!」
窓も全開じゃん! この部屋はアパートの2階。ベランダ付き。南向き角部屋の絶好な間取りだけど、さすがに朝から窓全開は寒い。
賑やかな声の方向に目を向けると、ベランダに見知った後ろ姿が三つ。
「優都様! 素晴らしい景色です!!」
「にょおお!! あれは伝承で見た通りの霊峰じゃぞな!? 確か富爺の山という……!」
ふじぃのやま?
あぁ、
「富士山?」
「富爺の山じゃ」
ドヤるジェイドの瞳がキラキラ輝いている。ふじぃのやまって妙なイントネーションだな。
ベランダから乗り出す勢いでシルヴィアも富士山を必死に指差している。その横で前足だけで手摺りにぶら下がったジェイドと黒猫。
「こっちの異世界は竜の国じゃ。竜の楽園とも記しておった富爺の山の竜にも挨拶をせねばのぉ」
「ミー!」
「挨拶っつったって、」
危ないので、ジェイドと黒猫は一緒に抱き抱えてやる。
「伝承ではどうだかしらないけど、実際はジェイドとか黒猫みたいなドラゴンはこっちにはいないんだよ」
夢が無い話だけど。
床に二匹を下ろして朝飯の支度を始めようと台所に戻る。富士山は確かにこのアパートからはよく見えるけれど、実際子供の頃から見てるからそこまでの感動は今更無い。
にしても富士山を拝むシルヴィアとジェイドの姿が光輝いて見える。シルヴィアは少し涙声になってさえいるし、ジェイドはせっかく床に下ろしたのにまた手摺りにかじりついている。
異世界から来たってより、かなり熱心な観光客だと思えばいいのか?
「にゃ? お主には見えぬのか? ここはまさに竜の国じゃぞ、いたるところに竜の気配がしておる。ワシらが来たことに気付いてざわざわしておるわ!」
「はいはい。そういうのは子供の絵本のなかの話なんだよ、こっちの世界ではな」
冷蔵庫を開けて朝飯のメニューを考えていると、足元で黒猫がまんまるの目でこちらを見上げていた。不思議そうに小首を傾げている。
「こちらの竜は不憫じゃのぉ、これだけお主たちを守っておるのに存在すら気付いてもらえぬとはの」
ジェイドが呟いた声は、風に吹き消されて誰の耳にも届かなった。