うどんは神の食べ物です
アパートの俺の部屋でジェイドは念願の"うどん"を心置きなく三杯も食べて、腹を出して寝転んでいる。いわゆるヘソ天というやつだ。
「う、う~、な、なんだこの至福の食べ物は。ワシの舌をこれ程までに魅力するとは」
緩んだ笑みにω型の口からヨダレを垂らしているジェイドの姿は、天に召されてしまうのではないかという程の幸福感に包まれていた。
今日の夕飯はジェイドのたっての希望でうどんにしてみたけれど、思いのほか好評で俺も久々の来客とあって気合いを入れて作りすぎてしまった。
シルヴィアはと言えば、箸をはやくも使いこなして、うどんをすすっては一口食べるごとに瞳を輝かせている。
「このスープの繊細な味わい! 古郷の白竜を思わせる美しいお姿。なんと喉ごしの良い食感! どれをとっても素晴らしいです!!」
「そーか、そーか、そりゃあ、良かった」
「うどんは神の国の食べ物にゃ~」
「ジェイド様のお口にあって光栄ですよ」と適当にあしらって、かたわらで「ミーミー」言ってる黒猫に猫用のミルクを出してやる。
相当腹が減っていたのか顔面を皿に突っ込んで溺れる勢いで飲み始めた。たどたどしくミルクを口にする仔猫の姿からは、あの醜いドラゴンの面影は一切無い。
思わずちいさな頭をナデてやると「ミー」と鳴いて指を舐めてきた。
「お前そんなに腹減ってたのか」
喰われそうになったけど、ドラゴンもこの姿なら罪はない。どれだけ腹が減っていたのか見るまにミルクが消えていく。「いっぱい飲めよ」と波々と皿にミルクをついでやると、黒猫は嬉しそうに喉を鳴らした。
◇ ◇ ◇
食後、コーヒーに舌鼓を打ちながらシルヴィアとジェイドから話を聞いて、やっと少しはこの状況を理解する事ができた。
「異世界をつなぐ入り口?」
目の前には古い革製の茶色い表紙と時代遅れの羊皮紙の白い本。異世界と異世界を繋ぐ入り口は、それぞれの世界の事が詳細に書かれた一冊の本らしい。
俺達の世界の本はシルヴィアの城の書庫に置いてあって、シルヴィアたちの世界の本は、どうやらうちの高校の図書室にたまたま置いてあったらしい。
その本を通じて俺達の世界は繋がった。
俺達は本を囲んでお互いに必要な情報を交換しあった。シルヴィアたちは竜の御珠について、俺はシルヴィアたちがどうやってこっちの世界に来たのか。
「白の書……?」
──これがシルヴィアたちの世界。
表紙に金色の文字で"白の書"と書かれた分厚い本。あまりに古い本で、所々破れて破損している。
「こんな本あったか?」
開いて見ると、なぜかどのページも真っ白で「まさに白の書?」これじゃあ、ただのノートじゃん、と思わず突っ込みそうになった。
「私達が世界を渡ってきた為に、一時的に本の内容が白紙に戻されたのだと思います。この本だけは失う訳にはいきません。王子様と私達の唯一の帰り道ですから」
「はやく竜の御珠を探さんとのぉ」
「いや、だからさっき話したように竜の御珠の話はかなり胡散臭い造り話だと思う。その王子様ってのを早く探してやったほうが話は早いと思うけど」
王子様王子様って、見ず知らずの人間のことをなんで俺がこんなに考えなきゃならないんだ。なんだか不意に馬鹿らしくなってきて、気をまぎらわせようと大量の洗い物が待つ流し台の前に立った。
「シルヴィアたちみたいに派手な格好した外人を探せばいいんだろ? 簡単じゃないか」
そんな目立つヤツ、ずぐにでも見付かりそうだ。いや待て、さすがに服装くらいは変えてるか。
「で、その王子様の特徴ってどんななんだ」