お腹が空いたら帰りましょう
「私たちは優都様をこちらの世界の案内人として、竜の御珠を追うつもりでした。きっとその途中で王子様を見付けられるはずですから」
「それだよそれ! なんで俺」
「ワシらがこちらの世界に渡った時に一番魔力の干渉を受けたのが、たまたまあの場におったお主だからの。ワシらが選らばぬとも濃い魔力を浴びた状態でウロついておれば、先に黒の魔女の手下に見付かって、今頃お主はディナーのメインディッシュじゃったろーて」
「メ、メインディッシュってオイ……」
縁起でも無い……。ブルッと身震いした。思わずあたりを見回す。いつもならなんとも思わない暗闇さえも、いっそう深く恐ろしいものに見えてくる。
「さっきの滅びの魔法で魔力はすべて相殺されたからのぉ、お主に纏わりついておった魔力も消しとんどる」
ジェイドはつまらなそうにペロペロと長い尻尾を舐めながらぼやいた。
ほ、と心無しか安堵する。それでも頼りになるのがこのポンコツ猫なのは変わりない。
シルヴィアの様子が気になって、そちらに視線を向けると、シルヴィアは地面に直接胡座をかいて仔猫と戯れていた。
──クソ、あのドラゴン、オスだったのかよ。……って、なんで俺がイラついてんだ。
「ってかさ、なんで他のみんなはあんなドデカいドラゴンがいたのに普通だったんだ。なにかの魔法?」
「私達の姿は強い魔力が干渉した者にしか見えません。だからです」
「じゃあ、俺、いま幽霊見てるようなもんってこと!?」
「ユーレイとは? 精霊の一種でしょうか」
真顔で訊ねるシルヴィアが、なんだか不憫に思えて来た。
もう全部マジだ。
この人達、マジで異世界からこっちに人探しに来たんだ。しかも頼みの綱のジェイドの魔力は使いきってるらしいし。
ありもしない、竜の……なんたらを探して。
いつの間にかジェイドも加わって、シルヴィアと猫二匹がじゃれあっている光景を目の当たりにする。シルヴィアの笑顔と、少しだけ紅潮した頬がなんとも微笑ましい。
いや、めちゃめちゃ平和だ。
俺はこのまま帰って今日のことはすべて無かったことにしてしまいたい。けれど従者の誓いだかなんだかのせいで、どのみちシルヴィアになんかあれば俺が死ぬ。
季節は春と言えど、まだ夜は寒い。ホッとしたら腹も減ってきた。文字通り世間知らずのお姫様と、いまやただの猫二匹、所詮は赤の他人だ。帰ろうと思えばいつでも帰れる。いや、帰ってもかまわないだろう。従者の誓いだかなんだかだってハッタリかもしれない。……だが、なんだこの良心の呵責は。
一瞬、この得体のしれない異世界にやってきて路頭に迷う三人の姿が脳裏によぎった。振り払うように頭をふる。
しばらく逡巡していると、シルヴィアのお腹から「くー」っという可愛いらしい音が聞こえた。
抱えた黒猫のあいだからシルヴィアは気まずそうにこちらを盗み見て、顔を真っ赤にさせている。俺は堪えきれずにため息を盛大に吐き出した。
もうどうにでもなれだ。
「どうせ行くあてもないんだろ。俺ん家来る?」
まぁ、せめて一晩くらいは。
でもシルヴィアはお姫様だもんな。うちのアパート狭いし。そもそもどこの馬の骨ともしれない男の住んでる家なんて守護竜様が許さな──
「いいのですか!?」
「うむ、ワシはこちらの世界の"うどん"という食べ物が食べてみたいのぉ」
「ミーミー」
心無しかワクワクしたような笑顔が三人分向けられた。それに答える自分の顔がひきつった笑顔のまま固まっているのがわかった。
──え、来るんだ。
自分で言っておいてなんだけど、来るんだ。
守護竜、魔力使えないんだよな? いまただの猫以下なんだよな!?
それなのにこの警戒心の無さ。しかも、うどん、って。数ある食べ物のなかであえてうどんって。
そんな突っ込みを脳内でいれていると「ぐー」っと俺の腹からもなかなか見事な音が鳴った。




