26話 中村君
馬車、大きいですね。
黒塗りで、家紋らしきものもついています。
クリスさんにエスコートされ馬車に乗り込みます。
「どこに行くのでしょうか」
少し不安になります。
私の服装は地味なワンピースです。
「大丈夫ですよ。私の行きつけの店しか行きませんから」
「はぁ……」
ですが、S級冒険者の行きつけの店って、多分普通じゃないんでしょうね。
一体どんなところに連れて行かれるのでしょう。
「ここだよ、魔道具屋だ。こことは懇意にしていてね、よく暇なときは遊びに来ているんだ」
大きな門構えです。
当然、入り口には、門番がいます。
はい、中に入りますよぉ。
……広い。
おっと、奥からお店のご主人らしい方と、地味なモブっぽい方がやってきます。
アレ?モブっぽい方の顔に見覚えがありますね。
クラスメイトの中村君です。
中村 剛史君。
私と同じモブ仲間で親近感がわくので、仲良くしてたんですよね。
しかも、中村君の中身は、バリバリオタクの陰キャで、同じく陰キャ寄りの私と話しが合い、よく異世界転移したらどうするかという、どうでもいいことを話し合う仲だったんですよね。
今回は、あの時の話し合いが役にたちましたよ。
うぉー、中村君。
元気ー!?
モブらしく、目立たないように、胸の前で小さく力一杯手を振ります。
あ、気づいてくれたみたい。
嬉しそうに笑ってくれて、少し小走りで近寄ってきます。
「高梨!」
少し高めの中村君の声が興奮しています。
私たちはそのままがっしりと抱き合う勢いでしたが、クリスさんに間に割って入られました。
なんで?
私は、クリスさんに突然羽交い締めされました。
「ユキ、知ってる男性とでも触ったら駄目」
ダメ出しされました。
抱き合うのは行き過ぎでしたね。
仕方ありません。
しかし、触ったら駄目?
握手も駄目でしょうか。
中村君が所在なさげに立っています。
悪いことをしましたね。
「失礼、可愛らしいお嬢さん」
ん、私のことかしら?
お店のご主人と思われる方が落ち着いた声で言われます。
私はご主人をよく見ます。
ふぉぉ、ロマンスグレー。
ものすごく渋いダンディーなおじさまが微笑んでいます。
これはマニアがいたらヤバかったですね。
ピラニアのように食いついて離れないでしょう。
「はい、なんでしょう」
他にお嬢さんはいないので、モブですが私が返答をします。
だって返事をしないなんて失礼ですしね。
モブは空気を読みますよ。
「クリス様からお伺いしております。可愛らしいお嬢さんとお知り合いになったと、私もお会いできて光栄です」
「……はぁ」
なんて答えればいいのでしょうか。
ハイソサエティな答え方は学習してません。
「こちらは、マジックバックに付与を行っております、中村様です。お知り合いのようで良かったです。こちらの世界に来られたときは中村様一人で戸惑っておられたようですから」
中村君はここに一人で来たのですね。
私と似た感じですね。
「今日は錬金釜とマジックバックを見ていただこうと思いましてご用意しました。どうぞ、こちらへ」
ご主人に案内され奥の部屋に案内されます。
高そうな部屋に案内されます。
うぉぉ、この錬金釜は、派手ですね。
まぶしい。
光輝いていますね、普通の銀とは違うような、ミスリルでしょうか。
あれ?一段と高そうな錬金釜があります。
「あちらが、オルハリコンの錬金釜です」
私の目線に気づいたご主人が言います。
うん、買えませんね。
しかし、オルハリコンとは、あ、こちらがミスリルですか、キレイな銀色ですね。
はぁ、どちらも買えませんよ。
勉強にはなりますが。
って、オルハリコンの方を包もうとしている。
やめてください。
え?今日のデートの記念に?クリスさんからのプレゼント?
ノー!
絶対いらない。
クリスさんから貰う理由がありません。
それを渡されるなら私は即刻帰りますよ。
脅しました。
はい、何とか無事に阻止できましたが、危なかったです。
伝説の薬、エリクサーを作って渡しても釣り合いがとれないところです。
え、エリクサーは普通に作れる?
難しいけど?
そして、高価だけど買える値段?
そうですか。
次はマジックバック?
まずは袋選びから?
袋は、あちらに沢山置いてある?
私、買いませんよ?
え?今度こそクリスさんからのプレゼント?
私、帰りますよ?
え。お屋敷に監禁したくなる?
やめてください。
先ほどは脅して申し訳ございません。
きちんと断ります。
さすがに無理ですよ。
私、小心者ですから。
クリスさんとは貸し借りなしの、同じ目線でいたいのです。
恋人でもないのに頂くことはできませんよ。
瞳をウルウルさせておねだりします。
秘技、上目遣い。
ピンク髪でないので効果はわかりませんが。
あっ、ちょっと迷ってますね。
ユキはいつでも可愛いから、おねだりを聞いてあげたい?
でも、恋人でないという発言はいただけないな?
恋人云々はスルーするとして、効果ありました。
私、凄いわぁ。
ピンク髪でないのに。
そんな私を見つめる中村君。
ん。
なにかな?
「あのー、袋だけ高梨に買ってもらって、付与の代金はもらわずに、俺がタダで行うので、それで渡せませんかね。一応、あっちの世界では友人だったんですよ」
おお、中村君からのマジックバックの付与のプレゼントですか。
それなら、遠慮はしませんよ。
でも、お店の儲けになりませんよね?
いいんですか。
「まぁ、中村様には儲けさせていただきましたしね。可愛らしいお嬢さんの為でもありますし、まぁ、仕方がないでしょう。それに元々中村様とは、中村様が自由に付与を行うことのできる条件で契約しておりますしね、私どもは構いません。ただ、クリス様が了承されたらですが」
笑いながらご主人が言われます。
「まぁ、皆で異世界転移したからな。マジックバックは皆欲しがるだろうし、クラスメイトの分ぐらいは格安で請け負うつもりだったからな。ま、高梨とは仲が良かったからな、無料でやりたいんだ」
いい人だ。
中村君は聖人指定されるべきよね。
私はそこまで考えてなかった。
自分が生きることで精一杯。
私もポーションを格安で渡したほうが良かったかしら。
まだ、クラスメイトの誰にも売ってないけど。
そういえば、佐藤君がマジックバックを欲しがっていた話をしておこう。
ん?佐藤なら格安だな?タダは高梨だけでいいだろう。
いやぁ、悪いなぁ。
タダとは。
ん? 袋は買えよ?
買いますよ。
「では、こちらへどうぞ」
ご主人に言われて袋のほうに歩き始めます。
クリスさんは複雑そうな顔をされています。
わがまま言ってごめんなさいと謝ります。
クリスさんは仕方がないなぁって苦笑をします。
どんな表情をしてもイケメンですね。
美人は3日で飽きると言いますが、クリスさんほどになると、飽きるときはいつになったらくるのだろうかって悩むレベルですよ。




