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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虎と狼

作者: 江保場狂壱

このお話は時代劇風で、動物が二足歩行しても不思議ではない国の出来事でございます。


 あるお城に立派な虎がおりました。虎は将軍で虎牙こがであり、図体は熊には劣るが体中から溢れる覇気はどんな猛獣たちも怖気づくほどの猛虎もうこでございます。立派な鎧を着ておりますが、丸裸でもその獣の臭いは濃く嗅げることでございましょう。城郭の虎口こぐちを護り、虎威こいを張ることがほとんどでございました。虎口は城にとって重要なものであり、虎は森の賢者であるフクロウを招き入れて作らせたのでございます。度重なる戦が起きても敵を見事に追い払い続けた姿は素晴らしゅうございました。傍に流れる大河では敵の遺体を流し、蛆が湧き蠅がたかっているのです。

 一方で急流に堤防を築かせたりしていました。


 虎は武人気質ではございますが虎口ここうの讒言を忌み嫌っておりました。甘い汁を吸おうとする者や他者を陥れるしか能のない者は虎の性格を理解しておりませんでした。そのような痴れ者は徹底的に追い回しました。虎を相手にすれば虎口の難を脱するどころか、虎口を逃れて竜穴に入るありさまでございます。ぼろきれのようになりその死骸を草むらに寝かされているのが日常茶飯事でございました。


 虎の部下にはなぜか狐が大勢おりました。ずる賢く虎の威を借る狐ばかりですが、もちろん虎の尾を踏む愚か者はおりません。精々虎の皮の褌を引き締めるくらいでございます。だが狐に馬を乗せたように落ち着きのない者が多く、常に狐媚こびしてばかりでございました。なぜ虎はそんな彼等を採用するのでしょう。凡人でも指導次第では使えるようにするためでした。虎は人材育成に力を注いでいたのです。そのためすんなりと事は進まないが、一人が抜けたくらいでは城の運営に問題はなかったのでございます。


 虎の敵は雪国に棲んでおりました。虎とは長年の宿敵で両虎りょうこですが、虎が周囲の国から孤立した際に塩を送られたことがあったのです。ただし善意ではなく吹っ掛けられました。

 これが張り子の虎ならよかったのですが、豺虎さいこどころか猛虎もうこでございます。

 よく三角州で合戦をしておりましたが、全く決着がつかなかったのです。


 虎は三匹の虎児こじがおりました。ただし一匹はひょうでした。他の子供を食い殺しかねないので虎の子渡しをすることとなったのでございます。

 縫い包みのようにふわふわとして愛らしい姿は侍女たちの頬を緩ませました。奇麗な着物を着せているとさらに可愛さに磨きがかかります。

 もちろん虎の奥さんも虎でございます。乳虎にゅうこで大変気性が荒くなっておりました。


 しかし虎児たちは生まれた時から牛を食い殺す勢いがございました。常に虎視眈々と狙っていたのです。商人がお祝いにと黒牛を一頭贈呈しましたが、三匹の虎児たちはあっという間に黒牛の喉に食らいつき、その肉を喰らったのでございます。まさに餓虎がこの如くでした。

 商人は恐れおののいたが、親の虎は大喜びで我が子の雄姿を褒めたたえます。

 彪も同じでした。虎魚おこぜが大好物で虎杖いたどりも好んで食べました。海では虎網漁法で魚を捕らせてたり、猟虎らっこを狩っておりましたが、生きた牛の方が虎児たちにとっては大好物でございました。


 さて将軍の虎は虎の子を可愛がっております。甘やかしすぎると配下が虎落もがれば、怒鳴られる始末でした。虎嘯こしょうとは偉い違いでございます。酒を飲めば大虎おおとらになることがしばしばですが、優秀な将軍なので多少は目を瞑られておりました。もっともその時は城にある虎箱とらばこに放り込むよう命じてあります。一晩兵士たちと一緒に虎箱で過ごすことが多かったのです。なので虎は割と親しみやすさがありました。


「ケッケッケ。良い獲物を見つけましたよ……」


 そこに狼が目を付けました。この狼は一匹狼で群狼を組むことを嫌っていたのです。一見は慈悲深そうに見えますが、内面は凶悪でございました。狼に衣で、常に狼戻ろうれいの心を抱いていたのです。人の見る目がないところで狼藉を働くのが好きなのです。雌を見れば送り狼になることが日常茶飯事でした。

 狼は虎に嫌っているわけではございません。城を潰したいわけでもなく、かと言って敵の間者でもない。ただ虎が狼狽える姿を見たいだけで、あまりにも腐りきった心根の持ち主でございました。


 狼は虎児を得ようとしました。虎穴に入らずば虎児を得ずです。狼は門番を務める一匹の狐に袖の下を渡し、夜中に狼煙のろしを上げろと頼んだのです。

 その隙に虎児を連れ去るつもりで腹積もりでした。狐も虎に恩義があるわけではなく、小銭が欲しいだけで主君を裏切ったのでございます。


 狼は夜中にスヤスヤ安らかに眠っている虎児を連れ去りました。そしてその命を奪おうとしたのです。ふわふわした愛らしさがあるが、血に飢えた狼には関係がございません。そんな存在を無慈悲に息の根を止めるのが何よりの楽しみという腐った精神の持ち主が狼なのでございます。


「ほっほっほ。なんとも可愛らしいのでしょう。この子の生首を切り取って虎に見せてあげたいですねぇ」


 狼は嫌な笑い声を上げました。聞く者を不快にさせる嫌な声でございます。


 ですが虎児と思いきや彪であった。目を覚ますとぎろりと狼をにらみつけました。まるで全身金縛りにあった気分になります。狼は狼狽えたがすぐ石の上に叩き付けて殺そうとしたのです。

 だが彪はすぐに狼から逃げ出すと狼の喉に噛みつきました。引き剥がそうとしても牙がトラばさみの如く喰らいついて離れません。

 ヒューヒューと虎落笛もがりぶえのような吐く息が聴こえました。


「ひぃ!! 助けてくれっ!!」


 結局狼は彪によって食い殺されました。虎児であろうと彪であろうと牛を食い殺すのに、狼如きでは話になりません。狼は知らなかったが今日は万時に凶である悪日である狼藉日ろうじゃくにちだったのです。


 狼を埋めた土饅頭の周りには狼弾きが作られました。その隣には狼と繋がっていた狐の墓がちょこんと建てられました。

 裏切りがばれて虎に食い殺されたのでございます。下手に情をかければ虎を養いて自ら憂いを残す形になるからです。

 自業自得ですが墓だけは作ってあげました。死ねば皆仏でございます。


 その後、虎はやまいで死に虎児たちが跡を継ぎました。遺言で死後を隠した後皮を剥ぎ、虎皮こひを残りました。虎は死んでも毛皮を残すのである。虎児たちは父親の虎皮を見て決意を新たにするのでございました。

 

 そうそう虎の名前は武田信玄たけだしんげんといい、文字通り甲斐の虎でございました。

 北の虎は上杉景虎うえすぎかげとらと呼ばれておりましたが、越後の龍と呼ばれています。

 こちらも病死してしまいましたが、その偉業は民衆に受け継がれることになりました。

 なんとなく芥川龍之介先生を意識しました。もっとも芥川先生は動物の擬人化はやったことがありません。

 先生は桃太郎や猿蟹合戦などのパロディを書いたことがあります。


 辞書サイトで調べてみました。タイムボカンシリーズの主題歌で有名な、山本正之氏を意識しましたね。

 山本氏は言葉遊びなどが得意なのです。


 最後の武田信玄はとってつけですね。虎の皮を残すだけでは物足りないので、甲斐の虎ということにしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なろうで一番虎の事を描いた作家は貴方様ではありませんか? 十二年後の寅企画でも追い越せる気が致しませぬ。  いやその、物語自体はあまり良く分からなかったのですが、すごく技巧派でした。 …
[良い点] 動物の名に因んだ言葉選びが巧みでした。 [気になる点] ただし巧み過ぎて、意味がすんなりと理解できない文章が頻出していたように思えました。 [一言] とにかく文章の巧みさと設定が楽しい作品…
[良い点] 深く研究されて書かれているな、というのが読んでいても伝わってきました。あとがきを読んで、なお一層そう感じます。展開もハラハラドキドキがあり、読みごたえがありました。
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