Cyber Sight
雨が降りそそぐ夜の街。
その様子を一言で表すならば「サイバーパンク」が丁度いい。機械的で冷たい建物の群れに無数の電線が無造作に張り巡らされている。コンクリートの道路を打つ音は数分前よりも勢いを弱め、至る所に水溜まりを作っていた。しかし所狭しと並んでいるネオンの看板は霧に霞んでいて、ご自慢の蛍光色もよく見えない。
そんな夜だから出歩く人の姿もまばらだ。誰も進んで濡れに出ようなどとは考えない。
にも関わらず外出する物好きがいる。二人の青年が閑古鳥が鳴く食堂で夕食を共にしていた。外の雨を気にしつつ、冷めたカレーライスを口に運ぶ。
「いつ来ても不味いなぁここの飯は。ボルトでも入ってるんじゃねぇか?」
「文句言うなよ、ロスタ……最近雨ばっかりで食料が足りてないことくらい知ってるだろ」
「そりゃあ知ってるさ。俺だってアストラと同じ、ハイスクールを卒業してるんだからな」
ロスタと呼ばれた青年が小声で不満を漏らす。金色の鮮やかな短髪が跳ねている様子はそのまま彼の快活な性格を写し取っている。平均よりも上背はあるが、幼さが滲んでいるのはそのせいだ。
対してアストラはブルージュの毛先を少し伸ばしている。切れ長の瞳も相まって、どこか大人しく落ち着いた雰囲気を持つ青年だった。
外見も態度も全く対照的に見える二人だったが、薄青のラインが淡く光る揃いのデザインの服はどちらも雨に濡れ、裾には汚れが跳ねていた。
「飯の話はよそう、不味く感じる一方だ。それより早く本題を聞かせろよ。わざわざこんな雨の中に出てきたんだから」
首をすくめてみせたアストラに、ロスタがにやりと口角を上げる。その唇の隙間から尖った犬歯が顔を出した。
「明日の計画を確認しておきたい」
計画、という言葉に二人の目の色が変わった。冷めきった夕食はとうに胃袋に収まり、清掃ロボットの皿を持っていくと同時に手書きの見取り図が広げられる。緻密に書き込まれた建物は塔らしい。
「いいか、まずアストラが管理者用コンソールにアクセスしてセキュリティを崩す。その間に俺は侵入口周辺の警備の確認。お前の作業が済んだら内部に入って『核』を目指す」
「雑な計画だな」
「うるせぇよ。俺らなら何とかなるだろうが」
小さく潜められた声は茶化すような笑いを含んでいた。真剣な目つきで顔を突き合わせながらも二人は楽しげに話し込む。食事を終えてなお店内に居座る客をマスターが鬱陶しげにしていることに気がつくと、慌てたように二人は会話を切り上げた。
ボトルに残った炭酸水を呷って外を見やるが、どうやら未だ雨は降り続いている。濡れるのは面倒だと嘆息を漏らした時だった。
「きゃぁぁッ!」
絹を割くような悲鳴が上がった。咄嗟に傘も差さず声のした方へ走ると、一人の男が苦しげに悶えているのが目に入った。声の主であろう女は隣に立ち尽くして震えている。
唸り声を上げて空を蹴る男はまるで飢えた獣のようだ。瞳は爛々と紅く光り、己の皮膚に爪を立てている。
「アストラ!」
素早く男の側に駆け寄ったロスタの声に、アストラが胸ポケットから掴み出したケースを投げた。その中に並ぶ紫色に発光する錠剤が男の口に押し込まれる。
数秒の後、男はぴたりと動きを止め、そのまま地面に倒れ込んだ。
「これで大丈夫だ。半日ほどで意識が戻る」
不思議そうにロスタを見上げる女の頬には涙が伝っている。後ろから追いついたアストラが何事かと集まってきた人々に状況を説明している間に、ロスタは唯一薬を目にした女の耳元に囁く。
「どうかこのことはご内密に」
呆然としている女に男を任せ、二人は喧騒を抜け出した。
「これで五十二人目か。こんなところで薬の存在がばれたら、議員の目に止まりかねねぇんだけどなぁ」
「今のところ大丈夫だとは思うけど……一応早いとこ退散するぞ。俺たちの目的はこいつら……『狂人』の謎を突き止めることだからな」
数年前から起こる怪奇現象。人が突然獣のように雄叫びを上げ、瞳を紅く染める。その異様さから現象は『狂人』と名付けられた。まことしやかに流れる噂曰く、原因は街の中心にそびえる塔の『核』と呼ばれる場所にあるのだとか。
見上げる先に高くそびえる塔。灰色の外装に無機質な電灯が光り、街中の電線を集約する。その支配者たる眼前には誰も逆らうことができない。彼ら二人を除いて。
「セキュリティ無効化完了、いつでも行けるぞ」
「了解……侵入口の警備も大したことないな。そこの鍵開けられるか」
「任せろ」
コンピュータをロックに繋いだアストラが少し弄ると、塔の内部へと続く硬化ガラス製の扉は静かに道を開けた。異変に気がついた監視アンドロイドをロスタが片手でいなしていく。警棒やらソードやらを持つ彼らはあっという間に沈められ、塵一つないホールに敷き詰められた六角形のタイルに伏した。
一夜明けても変わらず雨は二人の肩を濡らしている。しかしそれは大したことではないし、初めから直近の天候を見て予想がついていた。ロスタが胸ポケットの辺りの水滴を拭う。
「異常はなさそうか」
「あぁ、順調だぜ」
監視の目を盗んで進むと、広く開けた円形のホールに出た。飾り気のない外見とは異なって内装には白を基調とした緻密な細工が施されている。遥か上階からは豪奢なシャンデリアが下がり、華やかに煌めいていた。
「噂とは随分違うじゃねぇか」
「この塔に入れる人間は議員の奴らと専属技士くらいだ。俺ら庶民には到底手が届かない。……いいからさっさと行くぞ」
壁に走るラインを横目に見つつ最上階へ通じるリフトを探す。見取り図と寸分違わぬ場所にあった小さな昇降機は貨物用のもので、人の立ち入ることはまずない。故に監視の巡回ルートからも外れているだろうと睨んでいたのだ。
裏側に踏み込むと塔の様子もがらりと雰囲気を変えた。立派な装飾は見当たらず、配管や電線が無造作に天井を這っている。壁も近代的なタイル張りなどではなく打ちっぱなしのコンクリートだ。
「アストラ、最上階の監視の配置は」
「……リフト周辺にはいないな。正規ルートの方を固めてる」
「了解。じゃあこのまま突っ込むぞ」
「ちゃんとステルスは守れよ」
滑らかに上昇していくリフト内は薄暗い。コンピュータの青白い光だけが壁際に身を潜めたアストラをぼんやりと照らす。
鈍い音と共にリフトが速度を落として停止した。ロスタは入口付近に屈み込み、ゆっくりと開いた扉の向こうを覗き込んだ。
「うわ……」
驚愕したのはロスタだけではない。アストラさえもその光景に思わず息を詰めた。
目の前に広がっていたのは街を見渡すパノラマ——美しい夜景だった。日々見上げていた建物は遥か下界で、車も光の粒となって回路を走り、灰色に見えた路地も俯瞰すればネオンに彩られてカラフルに輝いている。その光が雨に霞んでいてなんとも幻想的な姿を呈していた。
「これが本当に俺たちの街なのか……」
灰色、青、白、オレンジ、黒……様々な色が混ざりあう様子は、地上に住まう二人には到底想像のつかなかった景色だ。見とれるあまり立ち尽くしていたその時だった。
「お待ちしておりました。ロスタ・マルティネス様、アストラ・ターナー様」
突如として呼ばれた自らの名にはっと息を呑む。絶景に気を取られて周囲への注意力が散漫になっていた。
現れたのは女性型アンドロイドだった。一昔前の機械音声とは一線を画す滑らかな発声は、まるで彼女が人間であるかのようにすら思わせる。清潔感のあるスーツをまとった彼女はベルと名乗った。
「『核』へご案内します。どうぞこちらへ」
『核』、つまりこの街を統べる塔の最高機密が詰まった場所だ。街中の情報が集約され、あらゆる電波や電気はそこから供給される。
「どういうことだよ!監視はいないって話じゃなかったのか!」
「……多分、こいつは監視じゃないんだ。現に今もコンピュータ上では監視の位置は変わっていない」
アストラの手元にあるコンピュータの画面には数個の印が緑色に点滅している。それがコンソールに接続された監視を示すのだが、印の位置はリフトで確認した時と全く変わらない。対してベルのいる場所に印はなかった。
ロスタは先を歩き出したベルを一瞥した。見取り図が正しければ、その道は『核』へと繋がっているはずだ。
「行くべきだと思うか」
「俺はアストラの判断に従う。お前と違って、頭回さなきゃならねぇ仕事は好きじゃねぇからな」
「よく言うよ、ハイスクール次席卒業者のくせに」
「お前は首席だったじゃねぇか。それに、得意と好きは違うだろ」
一向に進もうとしない二人の様子にベルが足を止めた。振り返ってこちらを見つめる瞳には高性能カメラが組み込まれている。
「とりあえずついていこう。名前が割れてる以上、ここで逃げても無駄だ。どうせ失敗するなら収穫は多い方がいい」
「了解」
ロスタの胸元で小さなバッジが光る。アストラの襟にも付けられたそのバッジは二人の意志を象徴するものだ。
決意を固めた二人は目的へと足を踏み出した。
ベルの後について少し歩いていると、コンクリートの壁が途切れて気味の悪いほどに清潔な白が現れた。継ぎ目も凹凸もない壁に囲まれた回廊が方向感覚を狂わせる。三人分の足音だけが無機質な空間に響いていた。
しかしその奇妙な時間も長くは続かなかった。
「こちらが『核』でございます」
その言葉にごくりと唾を飲む。壁に据え付けられたセンサーにベルが手をかざすと、微かな起動音と共に扉が開いた。
緩慢な動きに期待感を煽られ、ロスタは思わず目を閉じた。ここに『狂人』の鍵となる何かがある。そう信じて二人は『核』を目指したのだ。予想外の状況とはいえ、まさに今それが叶おうとしている——大きく息を吸ったその時だった。
「……は、」
隣から聞こえてきたのは想像とは全く異なる反応。いつも冷静沈着であるアストラの困惑と焦燥を孕んだ声だった。
どういうことだと瞼を持ち上げて——その理由を瞬時に理解した。
「な、なんだよこれッ……!」
『核』と呼ばれた場所にあったのは何本もの柱だった。その全てに壁から伸びたコードが複雑に絡みつき、パイプの何本も束ねられた側に赤や青のランプが点灯している。時折点滅するそれが一体何を司るのかは定かではない。
そしてその中央、一際太く入り組んだ柱で数え切れないほどの機械に繋がれていたのは——幼い少年だった。
「これが……『狂人』の原因……?」
下半身は柱の中に埋め込まれ、裸の上半身のみが空気に触れている。美しい黒髪は丁寧に手入れされ、傷一つない肌が機械の隙間から見え隠れする。しかしその手首は頑丈に拘束され、顔色はアンドロイドのように白く、伏せられた目は一向に開かない。
「彼は美しいだろう」
「ッ!?」
突如として発せられたその声にはっと振り向くと、いたはずのベルの姿はなく、代わりに一人の老紳士がいかにも愉快そうな表情を浮かべて立っていた。
「……ペンテス市長」
電子機器に溢れた時代には似合わない前時代的な服を着たこの老人は、連日議会のダイジェスト映像に映されている。だから街の住人ならばほとんどが彼を知っているのだ。
「こんなところまで潜り込むとは、期待以上だよ。『核』に侵入しようだなんて……本当に期待以上だ」
その歪んだ笑みに強く唇を噛む。
『狂人』が最初に発生したのはペンテス市長が就任した数週間後だった。そして少年の繋がれた『核』でこうして笑っているということを鑑みれば、結論は一つだ。
「やっぱり『狂人』を生み出していたのはあんただったんだな」
「ご名答。ロスタ君、と言ったね。さすがにハイスクール次席卒業者だけのことはある。そちらのアストラ君は首席だったかな」
「成績なんて関係ねぇよ。俺たちはただ『狂人』の原因を突き止めて、そいつを潰す。それだけだ」
ロスタの挑戦的な視線に目を細めつつ、ペンテスは柱に繋がれた少年に歩み寄る。彼の少年を見つめる愛おしげな表情は他者を寄せつけない妙な空気をまとっていた。
「あぁ、いつ見てもこの子は美しい。君たちもそう思わないかい?」
「……そう、ですね」
アストラは正解も分からずに意味のない肯定を返す。夢でも見るかのように恍惚とした様子で少年を眺めるペンタスは、どこか気が狂って見える。
だが再びペンテスが二人に向き直った時、その空気はどこかへ消えていた。
「だからこそ私はこの子を守らなくてはいけない。『核』は街の最高機密でね。許しなく侵入した者は生かしておけないんだ」
その手の中には小型のレーザー銃が冷徹に光っていた。大手武器メーカーの最新モデルであるその銃は、二人が持つものよりも数段性能が高い。撃ち合ったところで負けることは目に見えている。
「ここで撃てば『核』が汚れますよ」
「構わないさ。すぐにアンドロイドたちが清掃しに来る。けれど……そうだな。折角こんなところまで来てくれたのだから、その好奇心には報いなければならない」
撃鉄を起こし、ペンテスは笑った。
「君たちの求める『狂人』のからくりを教えよう」
「この子はシルリーといってね、私の実の息子なのだよ。私に似て優秀で、人見知りだが可愛い子だった。しかし十歳の時に病気に罹って呆気なく逝ってしまったんだ。僕は悲しみにくれた。愛しいシルリーが奪われるのは許せなかった。だから生き返らせることにしたんだ」
生き返らせる。その現実味のない言葉にロスタは眉根を寄せた。
技術の進歩が著しいこの時代においても死者の復活は未だ成し遂げられていない。中にはそれを研究する者もいると聞くが、実現しているはずはなかった。
「そんなこと……」
「出来るのだよ。これを使えば、ね」
そう言ってペンテスは少年の繋がれた柱を見やった。
「極秘に開発された技術だ。機能を失ったパーツを全て機械に置き換えて大量のエネルギーをつぎ込む。そうやって半アンドロイドの身体を作るのさ」
エネルギーの量が増えるほどアンドロイド化した部分と生体の融合が進むのだというペンテスの言葉で、二人は全てを理解した。
「初めは太陽光や電気からエネルギーを得ていたのだが、それだけでは到底足りなかった。だから僕は、愛する市民たちに協力してもらうことにしたんだ」
つまり『狂人』とは、シルリーに注がれるエネルギーの供給源とされた人々のことだとペンテスは言った。街中に張り巡らされた電線から放出する電波によって『狂人』を発生させ、そのエネルギーを奪う。それこそが『狂人』を生み出したペンテスの目的だった。
「……一体どれだけの市民を犠牲にしたのか分かってんのか!」
「シルリーが生き返るなら何だってする。それだけの話じゃないか。何がおかしい?愛する者のために最善を尽くす、それの何がおかしいんだ!」
そう叫び、ペンテスは銃をロスタの鼻先に突きつけた。
「全く君たちには難儀したよ。順調に集めていたはずのエネルギーが急に途切れたんだから。何かと思えばハイスクールを出たばかりの若者が薬を作っているときた!情報屋に探らせて『核』へ来ることは分かっていたから少し泳がせてみたけれど……本当に君たちは期待以上だったよ」
「情報屋って、そんな奴俺たちの周りにはッ……!」
「心当たりがないのかい?昨日の夜にも会っているはずだがね」
昨日の夜。そう言われてはっとする。不用心にも二人は食堂で見取り図を広げ、作戦を話していたのだ。あの店にいた人間はたった一人——マスターが情報屋だとすれば名前が知れていたことにも頷ける。
「これも君たちの無策の結果だ。……死んでくれ、僕の愛しいシルリーの為に」
彼が数センチ指を引いただけでロスタに命はない。額に冷や汗が伝う。絶体絶命の危機かと思われたその時だった。
突然爆発音と共に塔が揺れる。そして同時に室内にはけたたましい警報が鳴り響いた。衝撃に銃を放り出して何事かと慌てふためくペンテスを前に、ロスタはにやりと笑ってみせた。
「無策だって?そんなわけねぇだろ。俺はともかくアストラはお前なんかよりずっと賢い。作戦もなしにこんなところまで来たりなんかしねぇよ!」
「何だとッ!?」
アストラが襟についたバッジを取り外し、ペンテスの眼前に突き出す。
「これは小型カメラになってる。超高画質での写真撮影が可能で、もちろん録音録画もできる。そして一番の目玉は……ネット中継機能だ」
二人の意図に気がついたペンテスが顔を青くする。震える手でコミュニティサイトにアクセスすると、生配信ページのトップに表示されたのは「『核』に潜入!怪奇現象『狂人』の謎を解き明かす!」の大きな題字だった。
視聴者数は数万人。ペンテスの思惑は街中に知れ渡った。それに気がついた時にはもう遅い。大勢の市民が『核』に現れた。武装した全員が二人の配信によって市長の悪行を知った者たちだ。その銃口は揃って彼に向けられていた。
「これで終わりだ」
床に落ちた銃を拾い上げ、ロスタは腰を抜かしたペンテスにそれを突きつけた。
「観念しやがれ、この街は俺たちが守る」
「ありがとよ、兄ちゃんたち!」
「あんたたちのお陰で『狂人』から解放された」
縛り上げられたペンテスが警官に連行され、集まっていた市民たちが感謝の言葉を残して帰っていくと、辺りは一気に静まり返った。
緊張が解けて動けなくなった二人は、しばらくその静寂の中でシルリーを見つめていた。
「こいつ、生きてるんだよな」
「最初の『狂人』が出て随分経つ。意識が覚醒するほど完全にではないけど、身体機能は戻ってきてると考えるのが妥当だろうな」
「……俺たちはどうするべきだ」
アストラの言わんとしていることは分かっていた。
このままシルリーにエネルギーを供給し続けるのか、それとも機械を外して殺すのか。今、少年の命を左右する選択を迫られている。
助けたい。だってこの少年は何も悪くないのだ。父親の罪だけを理由に殺すなんて残酷すぎる。だが膨大すぎるエネルギーは供給源を探すのも難しいし、再び『狂人』を発生させるわけにはいかない。
殺すべきだと叫ぶ理性と、救いたいと願う感情。絡まった頭を必死に回していると、不意に隣に座るアストラが呟いた。
「救いたいんだろ」
「……え、」
「俺は知ってる。いくら考えたところで、どうせお前は救う以外の選択肢を選べない」
アストラは立ち上がって少年の白く生気のない頬に触れた。冷たい感触はアンドロイドの皮膚によく似ている。
「お前がしたいようにすればいいよ。俺もこいつを助けたいしな」
「けど論理的に考えたらッ!」
「チッ、うるせぇな」
そう言って俯くロスタにため息をついて、アストラは彼の前に立った。無理やりに顔を上げさせると、ロスタは瞳に涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「論理的かどうかは関係ない。第一、頭使うのは好きじゃないんだろ。だったら勘でもなんでも、自分のしたいように決めればいい。『狂人』システムなら俺が消去してみせるし、供給源はエネルギー管理局に正式に頼めばどうにかしてもらえる」
早口にまくし立てるアストラは明らかにいつもとは違う。しかしその必死さがまるで自分のようで、ロスタにはなぜだか少し嬉しかった。
「……本気で言ってんのか」
「当たり前だ。俺はハイスクール首席卒業者様だからな、こんな嘘はつかない」
おどけた口調に思わず笑みがこぼれる。死んだように眠り続けるシルリーを見据え、二人は誓った。
「救うぞ、絶対に」
雨が降りそそぐ夜の街。
機械的で冷たい建物の群れに無数の電線が無造作に張り巡らされ、所狭しと並ぶネオンの光は以前より弱々しい。
その中心部にそびえる巨大な塔を支配するのは二人の青年。一人は鮮やかな金髪で、もう一人の毛先は落ち着いたブルージュに染められている。彼らの管理する塔には、半アンドロイドとなった少年が眠っているのだとか。
美しいその街を、人々は象徴たる塔の名に因んでこう呼んだ。
『Cyber Sight』