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能の世界にいる精霊はどこにいくのだろうか

京都撮影所では殺陣ができることだけでなく、日本人特有の美しい所作も当たり前に求められているとリョウは思っている。


大学に戻る気のなさそうなマサシが、リョウの世話をそっちのけで撮影現場のひとつ一つを脳裏に刻むように注視しているのをスドウもリョウも許している。


マサシが見ているものは、案外すべてに慣れたリョウの視点とは違って面白い発見をさせてくれることもあるからだ。


20代後半になって色気も出てきたリョウには素性の良い公家や武士の役ばかりがふられるのだが、

いくら素敵な役でも、固定されたイメージは役を狭めていていまひとつだと幽霊のユウコは思っている、ような、表情をしている。


ユウコの母親は京都の室町呉服屋の4代目で、婿をとることを望まれていたのだが大学で知り合った男と結婚してしまい呉服屋も無くなり、今ではもうマンションが建っている。


京都市は、御所からそのまま南へ大きく2ブロックほどの交通の便の良い洛中地区にも建物の高さや色に厳しい制限があってマンション乱立が不可能なため、ジュネーブやロンドンのように中古マンション価格が毎年上がるので、たまに出る小さな敷地の陽当たりの悪い新築物件でさえ全国の購入希望者が実物を見ることなくスペックと図面だけの段階で契約するほどだ。


そんな京都の事情もユウコはよく知ってはいたが、若いリョウがまだまだ投資に興味がないのでそのあたりの操作をするつもりはなく、

あえて西の端の平安の時代から貴族の別荘地であった嵯峨界隈をリョウの京都の拠点として選んだのだった。


リョウが京都で最も惹かれているレッスンである仕舞は、歌舞劇である能の短い見せ場部分を扇を持った舞で現すもので、ずっと古くから貴族や武家の稽古事として人気を博していたものだが、

人がそこここで死ぬことや殺したりすることが身近な時代だからこそ死後の世界や神仏、佛教との幽玄な結びつきが共感や感動を呼んだのではないか、と、リョウは思っていた。


大切な妻のユウコを亡くしたことでリョウには若い男としての凛々しさに内面の憂いがともない演技でも業界内で高い評価を得ているが、

幽霊の妻ユウコの思惑は、コメディー作品への出演依頼があれば役の幅をさらに拡げられるのではないかと果てしない。


幽霊仲間のハヤトは、生身の人間は可能性を追い求めて疲れさせ過ぎてはいけないのだ、とユウコを諭したりあきれたりしている。


ハヤトはスドウに姿を見せるが、スドウは怖がるばかりで見ようとはせず、祓われそうなほど手を擦り合わせて消えてくれと唱えてくる。


ハヤト似のマサシはといえば、幽霊は1体も見えていないのだが、リョウが誰もいないのに話をしているようなところは、台詞をおぼえているのだろうと思っていた。


能の世界では霊というものは基本的には語りたがるものであるというが、ユウコはまだリョウに自由に語りかけることが出来ないでいる。


能楽は、現代よりも死や異界が身近にあった遠い過去の価値感を持つのだろうが、リョウにとっては今の世界のことで、

果たして、能の世界では自分のことを語った後は成仏して消えてゆくのがパターンである幽霊となっても自分の側にいてくれるユウコは、

この先どうなっていくか、気になりながら、できるだけずっとこのままでいて欲しいと願ってばかりいた。


また、明後日からはしばらく東京での仕事が続く。




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