ウエストエンドの高台の夜景は美しいね
ビバリーヒルズの一角の、新鮮な山盛りベリーのタルトがこわいほど美味しいカフェの隣のリアルエステイトの一室に、
LAで撮影をするために来ていたリョウと専属マネージャーのスドウが弁護士ケリーと共にこちらで使うための家の賃貸契約に訪れていた。
英語圏での生活にはなんら不自由がないリョウの元妻ユウコも、うしろの椅子にかけていたが、その気配はリョウにしかわからない。
以前サウスカロライナ州に居たときは、共同名義口座による税金還付小切手の入金のためもあり夫婦であるユウコとリョウの名前が入った共同名義口座をここアメリカで開設していたのだが、
ユウコは昨年消え入るように病で亡くなってしまい、
今ではゴーストとなってリョウをそばで見守っている。
不動産担当者のマークによると、もう住んでいないのにずっと誰にも貸さなかった知り合いのインド系大家主-彼の妻は神戸出身日本人で子供は2人-が、
将来ブロードウェイで活躍することになる若い日本人俳優がセカンドハウスに使いたいとして申し出てくるので安く貸すと事業に大きな幸運が与えられるだろう、
とかいう不思議な夢を見たので、そんな話があれば必ず言ってくれとメールしてきた矢先、
スドウとケリーが貸家を探していたのがマークの耳に入ったのだという。
その家は日本流に言えばその界隈では小振りな800坪ほどの広さで、立派なバス·トイレつ付きのベッドルームが5部屋と50畳のリビングがあり、
ロサンゼルスの高級ウエストサイド地区にあるウエストウッドのウィルシャイア大通りを入ったところにあった。
もちろんほとんどの区画がプールもテニスコートも噴水つきの玄関ロータリーも備えているので、日本とはかけ離れた感のある住宅街で、
リョウが借りる家の両隣はベルエアで開業している歯科医師夫婦とプロテニスプレイヤーの家族が住まっていた。
ビバリーヒルズやハリウッドには車で25分ほどと近いのに、高台の上にあるので静かで辺りには野生の孔雀があちこちにいて羽根を大きく拡げている雄もいたりして、特に夜はキラキラと輝く美しい夜景の眺望が素晴らしい。
サンタモニカとベニスの海岸にも数マイルで行けるので和食の出張シェフさえ確保できれば、
気晴らしのオフを過ごす場所も食べるものも何一つ困ることはない。
リョウはこの家をゴースト妻ユウコの仕業で借りられたことを分かっているので、ちょっと申し訳なくて複雑だ。
今のユウコは声を出すことは出来ないがリョウの問いかけに頷いたりはできるため、意思の疎通は可能なのだがどうしても触れることだけはかなわない。
かの頃は、ユウコの闘病を知らずにいた自分を嫌ったリョウが泣いて臥せってばかりいたので、心配なユウコは浄土に入らずついついリョウのそばに残ってしまっているのだが、
ユウコのそばにはリョウより5歳年上の若手俳優だったハヤトも、やはり心配そうに寄り添っていた。
不思議なことにゴーストになったハヤトの姿はスドウにだけ見えるのだという。
スドウはゲイの恋人と分かれ、リョウのためだけにマネージャー兼秘書兼運転手として良く働いてくれているが、これもゴースト妻ユウコの計らいなのかも知れない、とリョウは思っていた。
ホテルから家に引っ越した3日後の有名人気テレビドラマの新キャスト最終オーディションは、英語が流暢でないと不自然な役だとかでリョウは落としてしまい、次は首都圏と、時代劇のための芸事の稽古や撮影用に京都、と、あと2ヶ所の住まい兼事務所を探すことになった。
ゴースト妻ユウコは何やらご機嫌だ。