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3.告白とこれから

「えと、その。今日は来てくれてありがとう」

 人が滅多にこない視聴覚室では、柊が泣きそうな顔をしながら立っていた。


 約束の時間を少しオーバーしてしまったからなのか、その間も不安がってでもいたのだろう。小さく震えている姿は今時の女子にしては内向きすぎるようにも見える。


 でもそんな小さな肩はどうしようもなく守ってあげたくもなって、一瞬あのときの感触がどういうことなのかと首をかしげたくもなってしまった。


「昨日……その。倒れたとき、何か感じましたよね」

「……昨日? ああ。あのときな。そういや怪我はなかったか? ちょっとあのときは混乱してたからさ」

 気遣う前に彼女はいなくなっていたのだけど、そこらへんは男としての優しさを演出したいところだ。かっこをつけたいお年頃なのである。一応無事なのか確認しておくことにした。


「それは平気です。司くんこそ怪我はなかったですか?」

「ああ。ちょっと気を失ったけど、あのあとはちゃんと目をさましたし。あと、クッションありがとな」

 目覚めたら膝枕でした、のほうが嬉しかったけど、と苦笑を浮かべつつ、フランクに話をするように心がける。

 なんとかして、彼女の浮かない顔を浮上させてやりたいのだ。


「膝枕……そんなにいいものでもないと思いますけど」

 それはさすがに恥ずかしいです、と彼女は顔を赤らめた。

「それで? その、話したいことって昨日のことでってことだよね?」

「そうです。昨日その、ああいうことがあったわけなんですけど」

「いいお手前でした……」

「?」

 はてな顔を浮かべている彼女も、小首をかしげるしぐさがかわいい。

 

「その、昨日も話しましたけど、たしかに私にはその……ツいてます」

 いろんな意味で、と彼女がいうと、そのひとつに例の感触が含まれていることに気づく。

 でもだ。それにしたって納得できないことはある。

「それはわかるけど、でもプールは? 入ってたじゃん」

 てか、凝視しすぎて周りから白い目を向けられたのは今日のトピックである。


「そこらへんは、なっちゃんが憑いている影響です。最小限の顕現にとどめてくださっているというか」

 その分チカラが弱くなるから、プールの授業は気を付けるのだぞ、と言われているのだと彼女は言った。

 電波展開である。

 でも、たしかにこの目で見たとおりに、彼女の体はその、とても、美しかった。ああ、あの膝からふともものラインたるや、芸術といってもいいのではないかという愛らしさである。


「私はもともと、女児として生まれてきたそうです。ですが、悪いものから身を守るため、なっちゃんがついて守護してくださることになりました。それで、その……昨日のあれな感じになってまして」

 しかして。彼女が言うのは電波展開である。

 残念ながらウナギのなっちゃんはまったく見えないし。

 目に見える事実の方がはるかに大切だ。


「納得してないって顔してますね」

「そりゃな。目に見えないっていうのはやっぱりちょっと」

「そういうことなら。実際に見てもらった方がいいと思います」

 ふんす。と彼女は張り切りながら、スカートをごそごそといじりはじめる。

 見てもらった方がいいって、まさかそういうことなのだろうか。


「ちょ。こんなところではしたない格好は」

「え? いえ。ちょっと針を取り出そうとしてただけですよ?」

「へ?」

 見せるっていうのは、なっちゃんのことです。

 一時的に、私の血を取り込んでもらえば、見えるようになるので、と彼女は言い始めた。

 まさに電波さんな展開である。一種の魔術儀式みたいなものだろうか。


「取り込むって、なめるってこと?」

「皮膚からでだいじょうぶです! 指なめられるのはちょっと」

 はずかしいので。といいつつ、彼女は指先を針で刺した。針といっても、裁縫用のものではなく、血糖測定用のものらしく、ぱちんとした音がしたと思ったらぷっくりと赤い血がでてくる。

 それを、不意に頬にぬりつけられた。


 そして、視界が。


 かわる。


「よぅ。ぼうず。うちの可愛いかなめに何やってくれとんじゃワレ!」

「どわっ。なにこの黒くてぬるぬるしてそうなの」

「こちらが、私についてくださっている、守り神のなっちゃんです」

「うむ。神である。うやまい奉ってかまわんぞ」

 ふんっ、と偉そうに中空にうねうねしている、たしかにうなぎのような姿をした存在がいきなり目の前に現れた。

 とりついてるのか守っているのか。

 神様というけど、ビジュアル的にはちょっと、あれな感じである。

 ま、まぁ日本には八百万の神様がいるというし、動物系の姿をした方もいるとは聞くけれども。

 これはちょっと、どうだろうか。


「あれな感じ、のう。ほほー。わしを前にしてそんなこと言っちゃうのかのう。おぬしが熱烈な視線を向けていたわしに対してのう」

「熱烈って……」

「昼間のぷぅるのことじゃよー。ほっほー。あんなに見られていたら、わし、どきどきしちゃうんじゃよー」

「ちょっ、別にあんたを見ていたわけじゃないし。そりゃ、どうなっているのかっていうのはすごく、興味はあったけど」

「ほれ。わしのことじゃあないか。ほっほ。いいぞいいぞ、もっと見るといい」

 もっとみろ、とふりふり動くうなぎに、はぁ? と怪訝そうな顔を向ける。


「それで? この邪悪そうなのが、噂のなっちゃん?」

「まあ、好きに呼ぶがよい。様をつけてくれてもかまわんぞい」

「つまり、なっちゃん様か」

「……まあ、そういうのも嫌いじゃないけどのう」

 ふむー、とその黒くてぬるぬるしたものは、やはりうねうねと動きながらこちらを見下ろしていた。


「あの。これで私はついてるってご理解いただけましたか? なっちゃんはたしかにいるし、私を守護してくださっているんです」

 その弊害が、その、あれなんですけど、と彼女は顔を赤らめる。

 昨日の放課後のことを思い出しているのだろうか。

 たしかにふにふにとした感触で、気持ちよかったとは思う。途中までは。


「でも、どうしてそんなことに? 守護してくれているってことは、なにか悪いものがいるってこと?」

 柊さんがなにか恨みを買うようなことはないと思うけど、と俺がいうと、彼女はそう言ってもらえると嬉しいのですが、と視線を伏せた。


「遡れば、この子の十代前の柊家に起こった出来事が元じゃ。江戸時代中期から後期といったあたりかの。柊家は滅亡の寸前までになっていたのじゃよ」

 働けど働けど、暮らしはよくならず、食べるものにも困る始末での、となっちゃんは語り始めた。

 隣の村は平気なのに、柊の家に関わるものはとたんに貧しくなるという事態が続き、そして。 


「そのとき、旅の僧侶がいったのじゃ。もはや神頼みしかない、とな。そしてそやつが紹介した悪神は契約を交わした。九代目までは繁栄を約束する。しかし十代目の子供をいただく、とな」

「その十代目が柊だと?」

「そういうことじゃね。まあ、柊家にはその話は伝わっていて、出産をするかどうか大層悩んだそうなんじゃが。そこはほれ、人間の雄と雌がいればやることなど、決まっておろう? そんなわけで、かなめが生まれたんじゃが……瞬間に、危ないことがおき続けたのじゃ。そこでわしが颯爽と駆けつけ、赤子のかなめを守護することにした!」

「それであんたも、育った柊をがばぁっと行く気だったわけか」

 あー、よくあるよなぁ。助けたふりしてやらかすの、と言うと、なっちゃんはおしりをぺしんぺしんとこちらに振りながらぷんすこした。まあ、実体はないので叩けていないのだが。


「おまっ。失礼にもほどがある。わしはの。かなめの母親が身重にも関わらずお百度参りを欠かさなかったのを見て、その願いを聞き届けることにしたんじゃよ」

「おひゃ……そんなことしたら妊婦さんやばいんじゃ」

「そこは、まぁ、そうじゃね。日に日に大きくなるお腹を見て、わしが夢枕に立ってそれを止めたくらいじゃから」

 ま、うちの社、そこまできっつい階段があるわけじゃないけどのー、と彼はゆったり言った。


「こうしてわしはこの子の中から守ることにしたわけじゃ」

「でも、そこに宿るのはどうかと思うんだけど」

 股間である。そこに神様を宿すというのはなんというか、ちょっとどうかと思ってしまう。


「なにをいうか。一番神聖な場所なんじゃぞ? 赤子はここを通って世にでてくるもんじゃ。最近は帝王切開という言葉もあるようじゃがな」

 命が生まれてくる場所が、どうして神聖ではないというのじゃ? と、なっちゃん様は言った。

 そういわれると、たしかに神聖なような気がする。

 とはいっても、そこに邪念を抱いてしまうのは、人間の本性というものではないかとも思う。


「さて。かなめは、わしが宿っている限り、やつらの呪いを受けずに済む。じゃがそのためにはここでなくてはならぬのじゃ」

 他の部位に宿ることもできないではないが、そちらだとよりコブのようにしなければならないのだ、となっちゃんが言った。

 そうなると、見た目としてはかなり目立ってしまうし、この場所が一番安全で、かつ誰も目を向けない場所であるのだということを言った。


「趣味ではなく?」

「趣味……ではない、ぞ」

 いささか、いいよどんだのだが、その間はいったいなんなのだろうか。


「それで、本題じゃが。お主……」

「なっちゃん! そこは私の口から伝えたい」

「わかった。わしの可愛いかなめ。わしが見守っておいてやる」

 さぁ思う存分思いの丈を伝えるがいい、と彼は言った。


「ついてる私ですが、その、まだそれでも好きでいてくれますか?」

「うぐっ」

 下から見上げるように、不安と期待がない交ぜになった視線が向かってくる。

 すべてを明かした上で、それでも自分は受け入れてもらえるのか、ということを尋ねているらしい。

 でも。ちょっと思うことがある。


「えっと、それ、ついてる前提なの?」

 つまり、これである。なっちゃん様の加護というものはずっとないといけないものなのだろうか。先程のプールの時のように一時的に小さくなったりができるのなら、徐々に自分だけでなんとかできるようにはならないものか。

「ほう? つまりわしの加護をなくそうということかのう。それはずいぶんと豪気なことじゃ」

「加護がなくなったらどうなるんだ?」

「秒で、死ぬ。と思ってくれて構わない」

「ちょ」

 どんだけなの、悪神の呪いって。


「九代も栄えさせて、ようやく果実を収穫できるのじゃ。すぐにでもその力でかなめを手にしたいと思うじゃろう」

「えっと、それって超常的な力とかで?」

「いや。物理じゃね。心筋梗塞で死ぬというよりは、なにかがとんできて、とかそういった感じの。アンラッキーな感じでの死亡になるはずじゃ」

 からだの内側にはわしの神気もこもってるしのう。病気関連は大丈夫じゃい、となっちゃんは言った。

 

「じゃからの。お主には選択肢がいくつかある。今見たことはすべてなかったことにして、いつもの生活に戻るっていうのもありじゃ」

 悪いことはいわん。なんとかしようなんて思わないことじゃ、となっちゃんが言った。


「あとは、あくまでも抗うか。悪神の呪いにお前さんが打ち勝つようにするのか」

 わしの代わりを果たそうとするのなら、なまなかなことではいかんぞい、となっちゃんは言った。たしかに。

 神の代わりに好きな子を守れるか、と言われてしまうと悩んでしまう。

 いや。守れるなら守りたいさ! でもその手段っていうのがあるのか本当に謎なのだ。


「お主が言うところの、わしが引っ込んでいる状態、という感じにするとたら、外への顕現がなくなるからのう。外部での物理攻撃から身を守るような感じになってくれれば大丈夫じゃが。普通の高校生がそれをなせるのか」

 それで若い命を散らせるのは、わしとて本望ではない、となっちゃんはうねりながら言う。


 それこそ、特殊訓練を受けた警護のプロとかならば柊のことを守ってやることはできるだろうか。

 それにおまえはなれるのか、という問いかけをなっちゃんはしているのだろう。


「正直、理解が追い付かないけどさ。でも、柊はなっちゃん様に守られてる状態で良い訳じゃないんだろう? だったらそんな君を忘れて、そのままにしておくことなんてできない」

 話を聞いた上で思ったのは、けして柊が今、幸せそうではないということだった。ついてるとちょっとした幸運を噛み締めているような、そんな姿はむしろ痛々しいとすら思ってしまう。


「ほう。ということは、わしのかわりにかなめの守護になる覚悟があると?」

「そんなもんはまだないよ。力もな。ただ、だから諦めてみないふりしろってのは違うだろ。だから、俺はさ」

 なっちゃん様に向けていた視線を、目の前の少女に向ける。

 一歩進むと、彼女はびくりと体を震わせた。


「柊かなめさん。あらためて、その。友達から始めてくれませんか?」

「え……」

 一世一代の告白をすると、彼女には不思議そうな顔をうかべられてしまった。

 

 自分達はまだ、十七才。高校二年だ。

 大人といえば大人だし、子供と言えば子供なのだろうと思う。

 そう。まだまだ発展途上の身の上なのだ。

 だったら、今ここですぐに、彼女のことに結論を出す必要はないと思うのだ。


 なっさん様に多少譲歩してもらうことにはなるかもしれないが、それでもここで付き合おうとか、別れようとかいう結論を出すには、まだ早い。


 いろいろな可能性がある。ついていても幸せになる道、ついてなくなっても困難を克服する道。

 だから、何度でもいうのだ。


「友達として、一緒に学校に通って、もっと話してどうしたいのか考えよう? それで納得がいったなら改めて付き合ってほしい」

 今はまだ、すべてを受け入れる覚悟も決意も、チカラも足りていない。だったら。今すぐ。その二択をしなくてもいい。

 静かに、彼女の返事を待つことにする。

 うむむ、となっさんさまもうめきながらなにかを考えているようだった。

「どうしよう。こんなに嬉しいこと言われたの、はじめて」

 いろいろなことを諦めなければならない。生きているだけで幸せだといつも言われ続けて来た身には、その言葉はすぎたもので。


「こんな私でよければ、是非。友達から始めさせてください」

 少し涙ににじんだ顔を浮かべ、彼女はぺこりと頭を下げた。


 これからどうなるのか。正直俺もわからない。

 けれど。 

 決まっているのは、彼女から離れないこと。

 そして、そのあとの未来は。

 これから、決めていくのである。二人一緒に。


これにて完結でございます!

いやー! 恋愛モノも書きたい世ねー! とか思っていてんー、あいてがついてたらどうなんだろーという感じから始まったのですが。

え、お前が書くなら、相手は男の娘だろ? え? どうした!? とパニックになってる読者様もいるかと思うのですが。


はい、もう一週いってみましょう? ほら、水着はタックでなんとでもなるよね? 呼び出した場所はどこなのかしら? ということで。

その要素が入るとがらっとかなめさんの有りようが変わってしまうと言う……


いや。私としては素直に神様に守られてる女の子モードが可愛くて好きですけどね!

というわけで。お楽しみいただけたのなら何よりでございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  下心と純愛のバランスが絶妙で、主人公の心の揺れをリアルに楽しむことができた。  最後の提案も地に足のついた現実的なものであり、なおかつこれからの展開を想像させられる素晴らしいものだと思っ…
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