2.告白した相手を観察したら、白い目で見られました。
しかし昨日はひどい目にあった。
昨日、教室で気を失ったあと、目が覚めたのは少し日差しが傾いた時間帯だった。
すでに教室に彼女の姿はなく、頭のところにはどこから持ってきたのか、可愛らしいクッションが挟み込まれていた。
あれがあったお陰で首は痛くないけれど、それでもなんというか教室に放置というのはちょっとショックだったわけだけど。まあそこは彼女としてもショックは大きかったというか、顔を合わせるのに抵抗があった、ということなのだろう。
いくら事故だとはいっても女の子のスカートの中を思いきり覗いたというか、挟み込まれたというか。
今でもその感触がなまなましく残っている。
あの真っ白な細いふとももの。
「ごくり」
じゃなくて!
その奥にあるなまなましい、それでいてやたらとなじみのある感触。
「ツいてる……か。たしかについちゃいたが……なぁ」
そんなことがあり得るのだろうか。
いや、そりゃ最近は心が女性とかそういうのもあるとは聞くけれども。
でも、見た目、柊はどこをどう見ても男の子どころか男の娘っぽさもない。
いい匂いもしたし、そもそも日常の動作がいちいち可愛いのである。いや、男の娘も良い匂いがするらしいって、他のクラスのヤツに聞いたことはあるけれど。
同時に、ふにふにとあのときの感触が生々しく思い出されて、頭がいたくなる。
そうは言っても学校を休めるわけもなく、下駄箱で靴をはきかえると、ちらりと一通の封筒がふり落ちてきた。
ー話がしたいデスー
柊からの手紙は簡潔にそれだけ書かかれていた。
放課後、時間をくださいというような内容だった。
どういう思いで彼女がこれを書いたのかは正直よくわからなかった。
口封じの意味合いもあるのかもしれない。
頼まれなくてもそんなことを吹聴する趣味はないわけだが。
だって、そんなことが知れてみろ。
クラス中が大騒ぎになるだろうし、彼女の人生はそれはもうこれでもかというくらいにめちゃくちゃになるだろう。
いつも日陰にひっそりとしているような子が、突然ひのもとにさらされて、周りの注目を集めることになるのだ。それも十中八九は後ろ指を指されるに決まっている。
たしかにめちゃくちゃ柊はかわいいのだが、それでも、いやだからこそか。それでついているというギャップはセンセーショナルすぎるというものだ。
それに、だ。
もし、付き合うのだとしたら、その関係性は周りにどう映るだろうか。
正直まだ、電波の方がましともいえる。
電波さんと付き合ってめちゃくちゃなことに巻き込まれるにしても、それは同情の込められた視線を向けられるだけで変態さん扱いはされない。
でも、ツいてる彼女と付き合うということはどうなのか。
それはある種の禁忌といったものに近いのかもしれない。男にとってこれは本能的に拒絶感が出てしまうものなのだ。
でも、昨日の柊のあのスカートのすそからこぼれたふとももは美しかった。
「放課後、か」
正直、放課後に予定はいれていない。
というか、そんなに俺は放課後の時間を目一杯入れる方ではないし、いくらでも話をすることはできる。
むしろ、最優先で話は聞いてやりたいと思う。
そんなことを思いながら教室に入ると、柊と目があって、あっ、とお互い遠慮がちな声が上がった。
そしてそそくさと彼女は廊下の方に出ていってしまった。
さすがにこんなに人が多い中で話はできないということなのだろう。
「おやおや、つかっち。その顔を見るに昨日はお楽しみじゃなかったみたいだね」
「くっそ。たしかに振られたといえばそうなんだが、にやにや言われるのはむかつく」
なにその、そうだよねー、あたりまえだよねー、みたいな態度はっ、というと、友人である更科陸久は、そりゃ上手くいくのは万が一だろー、とゆるーく言った。
「地味に柊ちゃん、人気あるからな、お前以外にも何回か告白して爆死してるやついるわけ。自分はその、電波ちゃんだから無理とか、変なものが見えるとか言われて、それでみんなうわってなったっていうかさ」
さらりと言われた言葉に、俺は驚きの声をあげることになった。
あんなに目立たなさそうな子が、実は大人気だというのに、ちょっと驚いてしまったというのもある。でも、それはそれで、あんなにかわいいのをわかる人がいるんだなぁという共感みたいなものもあった。
「おまえは、どうしてそう、大切なことを先に教えてくれないんだろうか」
「そんなの、本人以外が面白おかしくいっていいことじゃないだろ」
「うぐっ」
たしかに、陸久のいうことも一理あると思った。
柊さんのあの電波というか、なっちゃん信仰というのは友達である上では別段気にならないものだろうし、あえて周りには伝えていないことなのだろう。
ただ、付き合うとなるとそこは触れないといけないポイントということで、だいたいの人はそこでお別れになってしまうのだろう。
それでもいいか? と言われて大半な人は去っていく。
それもあって、あんな寂しそうな顔を浮かべていたに違いない。
「でも、それがなければなー。すっごくいい子だと思うんだよね。たしかにちょっと子供っぽいかもしれないけど、すれてないっていうか。なんつーか他の女子みたいに怖くないし」
というか、怖い女子おおくね? と陸久は周りに女子がいる中でそんな怖いことを言った。
怖い怖いと、怖い相手に直接いうのは、怖くはないのだろうか。
「まあ、なんだ。一時間目は体育だし、改めて柊ちゃんのプロポーションでも観察すればいいんじゃね?」
ぷぅるだよ、ぷぅる、と陸久が言うと、昨日のふとももの感触を思い出した。
スクール水着を着用ということだけど、それを想像するだけで、昨日のあれが思い出されてしまう。
柔らかかった。うむ。とてつもなく柔らかくて。
まさかその中心にもっと柔らかいああいうものがあるだなんて信じられないくらいだ。
「なぁ陸久。お前がスクール水着着たら、どーなるかな? なんつーか、もんまりするとか」
「はぁ? なにいってんだよ。男なんだからもんまりするに決まってるだろ。ってか、もんまりってどういう表現だよ。もっこりじゃね? 一般的に」
「いや、その、だな」
そうではなく。といいつつ、ああこいつが考えているのは男性用の水着のことをいっているんだなと思った。
男性用のスクール水着は、いわゆる外でつかうものよりも、ピッチリしているものが多い。
柊さんの男性用スクール水着姿……犯罪かと思います。
「そうではなく、女子用のスクール水着を着たらどうなるか、って話でな」
「……おーい。なんつーことを言い出すのお前。ほんと大丈夫か? いやっ。あれかっ。お前最近流行りの男の娘属性に目覚めたのか!?」
でも、だめなんだぜ! 俺ではさすがに、VTuberでわーいってやるのが限界だ! と、言い始めた。VTuberとはバーチャルYouTuberの略で、自分は顔出しをせずに、音声も変えてアバターを使って自己表現する手段である。
「ちょ。VTuberって。おまえ絵かけたっけ?」
「う。フリー素材に声を当てる方向で……」
「うん。まあなんだ。いろいろすまん」
話が変な方向にいった。友達を女装させて想像をしようというのが無茶だったらしい。
俺としては、柊が女子用スクール水着を着たらあの部分はどうなるのか、という話だったのだが。
「にしても、つかっち。おまえあれか? 小さいから自分はそんなに目立たなくてがっかりしてるとか? 俺ももんまりしてー! とか」
そういうの気になっちゃうお年頃? とからかわれて、ちげぇし! と答えた。
ああ。さすがにその勘違いはいろいろダメージが大きい。
「まあ、べつに大きさがすべてじゃねーって。ほら、女子のおっぱいと同じだよ! 大きいのも小さいのも、張りがあるのも、垂れてるのだっていとおしい!」
「おまえが、いとおかし、だな。現代語的な意味で」
「ちょっ、つかっち? それひどくね? 男にとっておっぱいの話題はパワーワードだよ? 誰もが夢想して無双したいと思う問題だ」
異論はみとめん! と言ったところでがらっと教室のドアが開いて教師が入ってきた。
「まあ、水着とおっぱい談義はまたあとでな」
「あとでもやらねーよ」
はぁ、と陸久の言葉にため息混じりに返事をすると、朝のホームルームが始まった。
もちろんその間も柊のことについて考えていたので、連絡事項のいくつかはするっと頭をスルーしていったのだった。
「ふむ。なんかいい感じに針のむしろだね!」
いやぁ、こんなに注目を浴びるなんて、いつぶりだろうね? と陸久はにこやかに言った。
体育の授業が終わって着替えたあとの二時間目。
俺と陸久は思いきり女子から、冷たい視線というものを向けられていたのだった。
しかもそこから昼過ぎの今になるまでずっとである。
さすがに、その空気に耐えられなかったのか、陸久がそう切り出してきたのだった。
「う……べつにやましいことはしてないってのに」
体育の授業はサッカーだったわけだが、そこでボールが思いっきり飛んでしまって、プールの方に行ってしまったのがことの発端だった。
ボールを取りに行った俺は、ついうっかりと、その……
「でも、柊ちゃんのこと、見てたんだろ?」
たしかに、きれいだったしなぁ、と陸久が鼻の下を伸ばす。
おまえが見ていたのは、他の女子たちだろうに、と言いたいのだが、いまのところそれよりも大切なことがあった。
「もんまりしてない……」
そう。柊を凝視してしまったのは、つまるところ、そういうことだ。昨日のあの感触が本物であるなら、スクール水着なんて着れないと思うのである。朝に話していたとおり、股間にご立派様がいたら、あのフォルムにならないはずで。
「って、おま。まだその話ひきずってるのかよ。さすがに男の娘がいたら噂になってるだろうし、そもそもだ! 男の娘なら男子側にいるべきだろう! そして友達にからかわれて、スクール水着きちゃうんだよ! ちゃんと胸のところに名前がかかれたスクール水着きてさ!」
「おまえの脳内妄想がやばい件について」
さすがにそれは夢の見すぎだろ、と言うと、おまえの方が夢見がちだと言われてしまった。
しかし、夢か。いや、昨日の出来事はたしかに事実だったようだと思う。
狐につままれた? それともうなぎにつままれた?
「つーか、ほんとどーしたんだよ。さっきだってほんと、熱心に柊ちゃんの股間ばっかり見てさ」
ひそっと、陸が声を潜めてそんなことを言ってきた。
さすがにそっちはアウトだろと言わんばかりの態度である。
おっぱいはいいのか、といえば、まぁ白い目で見られるだろうけど、まだ、案件とは言えない。
でも、股間はさすがに、いかん。
股間にふれていいのは、股間戦士だけである。(※1)
「そういうのは、もっと親密になってから二人っきりのところでって話だろ。いくらなんでも段階を飛ばしすぎだ」
「って。べつにそういうのじゃなくて」
いや。そういうのも、そのいつかは……もごもごと言葉を濁しつつ。それでもいっておかないといけない。
「俺にやましい気持ちはまったくないんだ。ただ、見たかっただけだ」
そう。その通り。確認したかったのである。
柊の股間にあのもんまりしたものがあるかどうかを、である。
そう力説したのだけど。
「つかっち……うん。わかった。っていうか、俺たちはおまえを尊敬するわ。その、男らしいはっきりした態度に全校男子が泣いた」
「って、ちげーし! そういうんじゃねーし」
うっかり力説した内容を冷静に字面だけ思い起こすと、思いきり柊の体を舐めるように見回したいというように聞こえることに気づいた。
ぽんぽんと肩を叩かれて、生暖かい視線を向けられると、なんかすっごく勘違いされてるなと思ってしまう。
べつに、俺はそんな勇者じゃない。
あけすけに自分はえろいです、と公言したわけではないのだ。
「まあ、お前がイメチェンして我が道を行くなら俺は止めないよ。でも、もうちょっとうまくやらないと柊ちゃんがいくら電波だからってドン引きするからな」
気を付けろよ、友人! と陸久はいいながら次の授業の準備を始めるようだった。
休み時間はあとすこし。
けれども放課後までの授業はいくつもあって。
そのあとも午後の授業を上の空でききながら、放課後を迎えることになった。
※1 股間戦士エムズーンは、股間を守るデリケアエムズの誇るデリケア星からやってきた戦士である!