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1.告白した相手は電波さんでした

 カーテンが揺れていた。夏の風をはらんだ空気は少し湿っていて手のひらをじっとりとしめらせてくれる。


 ああ、この手のぬめり方は別に放課後の教室で彼女と二人きりになっているから、なんていうことではないはずだろうし、これから告白をしようとしているからというわけでも絶対にないはずだと思いたかった。


 あ、俺の名前は、明井司(あかいつかさ)。友人には、つかっちなんて呼ばれたりしている、まあごく普通の高校二年だ。

 それがなんで、こんな放課後に教室で、緊張しまくっているのか、と言えば。


「それで、お話ってなんなのかな? 私になんて……」

 花瓶の水を入れ替え終えた彼女はきょとんとした顔でこちらを向いた。

 校庭からはもはやチープにも聞こえる、野球部のカキーンという打球音が響いていた。


 そんな中で、心音ばかりがどくどくと脈を打っている。

 手はぬるりとしているくせに、唇はからからで何度もなめてしまいそうになるのをこらえた。

 緊張してるのはバレバレでも、さすがにそこまでは我慢だ。


「実は、その……だな。柊……」

 あーとかうーとかうなりをあげている姿を、目の前の少女、柊かなめはじぃとのぞき込んでくる。

 快活、というタイプでもないのに物怖じしないというのも不思議なもんだ。

 異性の顔をこんなにものぞき込めてしまうだなんて。

 と、そんなことを考えている場合なんかじゃなくて。


「俺、おまえの事が前から気になってて……」

「気になる?」

 ん? と無邪気な吐息が肩口にかかった。それだけでぴくりと体が震える。

 なんだこの極端にかわいい生き物は。

 いやいやいや。かわいいから告白しようとしているのであって、改めてそんなことを思わせられる必要もないわけで。まあ、かわいい姿はいっぱいみたいけど!


 むしろ「気になる」でいろいろと察してほしいと思う。

 さすがにこの場面で、髪型が気になるだの、匂いが気になるだのという話だったらギャグにもならない。


 それに、柊かなめという少女はこう、確かにマメだったりはするのだけれど、どちらかというと縁の下の力持ち的な裏方に徹する子だ。

 そういう言い方をすれば多少よく聞こえても、良くも悪くも目立たない。と、俺は思っている。

 他のクラスメイトは美人として名高い子や、おっぱいの大きい子に夢中で柊の魅力には気づいていない。

 きっと告白されるなんてこともいままでなかっただろうことは容易に想像できる。


「私、そんなに気に……なっちゃってます?」

 けれど、彼女はきょとんと恋愛なんてさっぱりですぜと言わんばかりに無垢な瞳をこちらに向けてくる。

 高校生にもなってこのあどけなさというのは、今時よっぽどレアに違いない。


 某お国がやっているチャンネルの中学生の日常を綴ったドラマなんかでも、日々男女が和気藹々とやっていやがるご時世なのだから、したことはないにしろ色恋の一つくらい興味は持っているものだろう普通。

 そんな純朴さにも惹かれた、とはいえ。

 この鈍感さには、涙が出そうである。


「気になるっていうか……そのす……す」

「す?」

 相変わらず、ん? とこちらの言葉を根気よく待ってくれてるかなめの顔は不思議そうな形をしていて、どうやら覚悟をきめて言葉を形にするしかないようだ。


 唇がからからになっていたのがさらに乾いて仕方ない。

 すぐにも鞄に入れてあるミネラルウォーターをがぶ飲みしたいほどの乾きだ。

 首筋から汗がしたたり落ちているくせにどうしてここばかり乾くのか不思議になる。

 けれどここまできてそれをやっている余裕もない。

 もう、覚悟をきめて。


「俺は、柊。君の事が好きだ」

 言った。言ったった。

 その一言がとても重労働のようでぐったりと体に疲労感がたまる。

 なぜだろう。返事を待っている緊張感はあるはずなのに、なぜか言っただけで少し気が楽になってしまった気がする。 

 なるほど。告白のエネルギーというのの大半は口に出すという行為に費やされるものらしい。


「はわ……好き……ですか。私のこと?」

 え、えっ? と逆にあわあわ慌てだしたのは柊のほうだった。

 さっきまでのきょとんとした顔は一転して、じたばたと両手をばたばたさせながら、あうあうとなにやら体のいろんなところを触りだしている。

 本当にこの娘は恋愛とはほど遠いところにいたらしい。


「ああ。だから付き合ってほしい」

 そんな慌てぶりを見たせいか、苦笑混じりで次の言葉がひょんと出てくれた。

 好きと伝えるだけでは十分とはいえない。

 その先に進むことこそが、高校生男子たるものの望みの形といえるだろう。


 一緒に学校に行ったり、ご飯を食べたりと、いろいろなリアル充実な生活を送ることは、ホモサピエンスサピエンスとしての自覚が誘発されるこの時期、致し方ないことに違いないのだ!


「うぅ、と、その……ですね。明井くんは私のこと……どの程度知ってるんでしょう?」

「どの程度って……クラスでいつもこまこま掃除したりとか、花を生けたりとかしてるだろ? そういうのを見ててだな」

「……そういうの見ててくれたのはちょっとうれしいですけど」

 はぁと彼女はなぜかあきらめたような息をついて、窓をからからと閉めた。

 さきほどまでふわふわ踊っていたカーテンはすとんと静まりかえり、校庭の音もどこか遠くに聞こえるようになった。

 それどころではなく、彼女はとことこと廊下側のドアまでからから閉めて目の前に戻ってきた。

 小さな体がとことこ動く様は可憐なのだけれど、なぜ彼女がそんな動きをするのかがわからなくて、一歩も動けずに彼女に見入ってしまった。


「でも、ごめんなさいです。好きになってくれたのは嬉しいけれど、私にはそれを受け止める資格はないですから」

 何もかもあきらめたような苦笑いを浮かべた彼女は、どこか場違いな中空を見つめてからこちらにぺこりと頭を下げてくる。

 その不自然さに、乾いていたはずの唇は言葉を作っていた。


「それは、なんていうか……うまい断り文句ってやつなのかな? 俺のどこか気に入らないところがあるとか」

 彼女の断りの言葉があまりにも自虐的に過ぎるところも気になった。

 告白の断りなんていうのはざっくり一刀両断してくれたほうがすっきりするものである。

 それも彼女の側の問題なんていわれてしまったら、食いつかないわけにはいかない。


「いえ……そうではなくて、私その……ツいてるので」

 けれど、そんな疑問はすぐに冷や水をぶっかけられたように真っ白になってしまった。

 で、電波系?


「つまり、その。なにか霊的なものにとりつかれてるとか、呪われてるとかそういったこと?」

「とり……うえ、ああ、はいはい。守護してやってるとあの方はおっしゃってます」

 さっきも見ていた中空に視線を向けながら、彼女は困ったように体を縮こませてあの方の解説をする。

 そこをいくら見つめても、眼をぱちくりさせてもそこには何もないわけで。


「あぁ、やっぱり見えませんよね……黒光りしていてぬるぬるしていて立派なその方が」

「お、女の子がそんなことをいっちゃいけません」

 あんまりなその方の紹介に、思わず赤面してしまった。女の子の、しかも好きな子の柔らかい唇が紡ぐそれはさすがに衝撃が強すぎる。


「そうかなぁ、これほどあの方を表すには適切な言葉はないのに」

 何がそんなにいけないのかわからないといった様子の柊はやはり何もない中空を見つめて人差し指をあごに当てている。かわいい。


「ちなみにその方っていうのは外見的にどんなものに似てるんだ? いまいち想像が……」

 変な方にいく、といいかけて口をつぐんだ。いけないいけない。

 妙な風向きになってしまったけれど、ここは告白の席なのだ。

「黒くてぬるぬるうねうねしているウナギさんです。割とふっくらしていておいしそうな感じなんで……うぅ。いいじゃないですかぁ。ご立派ってことなんだから」

 見えない何かからリアルタイムでお叱りを受けているようで、彼女の会話はまるで電話をかけて歩いている人のようになってしまっている。

 向こう側からの問いかけがわからないからかなり違和感のある独り言に聞こえてしまうのだ。 


「名前はないのか?」

 妖怪やら化生のたぐいというのならばその名前でなにか想像できるかもしれない。

 そう思って問いかけると、彼女はあーと残念な声を漏らした。


「それが高貴なお方なので、名乗れないなんていうんです。心の中では密かになっちゃんって呼んでるんですけど」

「なぜ、うなぎなのになっちゃん……」

「はえ、それはその……最初に見た時にうなぎなのかナマズなのかよくわからなくて、おまけにナスっぽいかも、なんても思ってですね。なっちゃんになったんですけど、対外的にはあの方ですましちゃいますので、それは問題ないところなんです」

 名はその対象を表すことさえできれば、呪として立派に作用しているのですよと彼女は続けた。


 だんだん、雲行きが怪しきなってきたような気がする。

 好きになった相手が電波系というのはさすがにちょっと大変なことなんじゃないかと思う。

 でも、それはそれだ。もっと話をきいて理解できるところは理解していこうじゃないか。

 そう。彼女の話をまず全部受け入れたふりをしてきいた上で、行動を決めていけばいい。


「それがツいてることで、君には何か悪影響みたいなものはないのか?」

「あるといえばありますけど、でも普段の生活には支障はないですよ。なっちゃんはどちらかというと守護してくださってるみたいなところありますし」

「守ってくれてるのか……」

 それならば悪いことじゃない、というか、彼女がなにをいったところで安心することもできる。少なくとも実害はないだろう。


「恩恵だってあるんですよ! 私こうみえても、人よりもツいてるんです。ラッキーガールなんです」

「ほほぅ。具体的には?」

 眼をきらきらさせながら拳をぐーににぎって身を乗り出してくる彼女に合わせて、質問をしてやる。彼女はうれしそうに眼を細めて語り始めた。

「道ばたで50円玉拾って交番に届けてほめられたりとか、近所のおじいちゃんにいってらっしゃいってほほえまりたりとか」

「……えと……それは」

 どうしようもないラッキーに頭を痛くしていても、彼女の口は収まらない。


「あとあと、交通事故にあわなかったりとか、痴漢にあわなかったりとか、宿題のノートがきちんと鞄にはいっていたりとか」

「あのなぁ。それ幸運っていうんじゃないだろ……」

 ラッキーガールだなんていうほどであれば、宝くじをばかすか当てたり、赤信号にあまりひっかからなかったり、懸賞があたったりと、確率論で左右されて平均値に収束するようなところで、ぽんとそれを打ち破ってしまうような幸運がなければならない。

 普通に日常をおくれることをけして幸運とはいえないのだ。


「ま、まぎれもなくツいてるんです。近所のおじいちゃん、他の子には滅多に挨拶しませんし、そもそも気づきもしないですもん。私とはちゃんと眼があってデスね。それで、にこやかにおはようっていってくださるんです」

 すごくいい笑顔で毎日癒やされるんですよぅと、すがるような眼で見られてもさすがにそれをラッキーと認定してしまっては、ほとんどの人間は毎日幸福の元に生活していることになってしまう。

「うぅ。それに幸運なだけじゃなくて、不思議な力みたいなのだってつかえますもん。なっちゃんが言うには神通力みたいな奴だって言うことみたいですが」

「ほほぅ。どんな?」

 不憫そうな視線を極力彼女に向けないようにしながら、それでも頭が痛くなってくるのはその発言内容があまりにも残念だからに違いない。


「えと、今はあんまり強い力は使えないのですが……」

 彼女はいそいそとノートのはしをきりとると、二つ折りにして机の上に置いた。

「ううぅ、えいっ」

 そして気合いをいれて手をその紙の前におくと。

 ぱたり。

 小さな紙が倒れた。


「風……だよな」

「はうぅ。今はちょっと調子が悪いだけなんです。本当はもっともっとおっきい力とかもつかえたりして」

 悪人をやっつけたり、落とし物を見つけたり、大活躍なのだと彼女はいいわけに必死だ。

 どうしよう。ほんとどうしよう。

 物静かな少女だと思っていた相手が実は電波さんだったとは。

 そんな心情が表情にでてしまっていたのか。


「信じてください! 私には本当にツいてるんですっ」

「おわっ」

 彼女があまりにも急接近するので、そのまま足が。

 するりと滑った。

 どんっ。衝撃。ついでくるのは、腰を床に打ち付けた痛みだ。


 そして。

 それが収まってくると感じられたのは、ふにりとした柔らかい感触だった。

 ……そう。彼女の体がもろに倒れた体の上に馬なりになっていたのだった。

 では、そのふにりとした感触はなんなのか。

 ふとももか? ふとももなのか? あのスカートの裾からほんのりこぼれ出でた日焼けのあまりしていない真っ白でぴちぴちなふとももさんなのか。

 いいや違う。

 いくら女子のふとももとはいえ、それなりに筋肉というものは存在しているわけで、まるでかたいゼリーのようなこの感触はありえない。それもどことなく生暖かく、どこかひどく懐かしい感触は。


「……あ、が、おま……おま……」

 その正体が脳裏に浮かんで、あまりにもあれなことでこれでそれがあれだった。

 なぜ彼女にそれがついているのか。いいや、そんなことを考える余裕すらない。

 ツいていたのは、幽霊でも守護神でもない。

 女子には絶対についていないはずの、男子にはこれでもかというくらいなじみ深い謎物体Xなのだった。

二話目は十三時過ぎくらいに公開予定! 本日で完結しますよ!

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