第2話 ダモクレス
第二話 《ダモクレス》
「よがっだぁぁぁあ」
先に口を開いたのはカノンの方だった。
深い安堵のため息と嗚咽と共に膝から崩れ落ちる。
「いやよくねーよ!」
つい、ツッコミを入れてしまいそうになった。
「私だけじゃなかったんだ...。ヒクッ…ヒク…。」
カノンは目の前で、喧嘩した後の幼児みたいなヒクヒクと声をだしながら泣いていた。
カノンも起きたらこんなことになってて不安だったんだなと思いながらもどうすればいいのか分からずにあたふたしているとインターホンがなった。しかし、今はそれどころではないのだが、宅急便の人はそんな事情は知らないと言ってくるかのようにインターホンを連打してくる。
翼を隠すために今朝まで寝ていたまだ生暖かい布団を背中にかけ、渋々玄関に向かった。
「宅急便でーす。サインお願いしまーす。」
はーいと言いつつ玄関の引き戸を開け、宅急便の人影が見えたと思った瞬間、消えた。
宅急便の荷物であろうものだけが玄関の向こう側で落下している。それはつい今までそこに人がいたということを物語っていた。
「おぉ〜 出翼したばっかりか〜」
目の前で人が消えたと同時にすぐ後ろで声がした。
振り向くと白で縁取られている黒いレインコートを着た25歳ぐらいの男が掛け布団を畳んでいた。
ん?掛け布団…
背中に手を当てて見ると、掛けてあった布団は無くなっており、翼が露出していた。
気づかなかった。掛け布団には重みも、生暖かさもあったし、とられたらまず気づけるはず。
なのに掛け布団が取られたことに気づけなかった。
とても早い。そこにいたはずの人が消え、そこにいなかったはずの人が現れた。
「ショウ…?」
廊下の奥の洗面台からカノンがひょっこりと顔を覗かせた。
少し腫れた目と、まだ少し潤っている瞳。
もう泣き止んだようだ。
「その方は?」
「カノンちゃんもここにいたんだ!ちょうどよかった。いちいち説明するのもめんどくさいからね〜」
俺は本能的に身構えた。
カノンはこの人のことを知らないというのは顔を見れば一目瞭然だ。
なら、なぜこの人はカノンのことを知っている?
「そんなに身構えなくていいよ〜。怪しいものじゃないから!」
気づけば、土足で他人の家に入ってる人に怪しくないと言われても
信用する人はまずいないだろう。
「まぁ、いろいろ話したいこととあるし上がっていい?まぁ上がってるんだけどね!」
と言いながらケラケラ笑っている。
俺とこの人との間には冬と夏ほどの温度差があるようだ。
でも、俺がこの人のことをどうこうできるなんて到底思えない。
しかもこのタイミングでの話したいことというのは、今朝生えてきた翼のことで間違いないだろう。
「とりあえずこっちへ」
警戒しつつ居間の方へと案内した。
怪しい男の人はキョロキョロと辺りを見渡しながら俺の後ろをついてくる。
俺は洗面台に向かって手招きするとカノンも立ち上がりこちらにやってきた。
居間に入ると座布団をテレビ側に2枚、机を挟んで逆側に一枚置き、俺はお茶を入れようとキッチンへ向かった。
客人が来た時は急須でこした緑茶を出すのがうちのルールだ。
急須の中に茶葉を入れてお湯を入れと緑茶がほんのりと香り、それを合図に
湯呑みと急須を持って居間へと戻る。
居間へ入るとなぜか、テレビ側にカノンと男が座っていた。
(なぜ、カノンと男が一緒に座っているんだ…。
そして、なぜカノンはこの状態に違和感を感じていない…。)
などとカノンの天然さに苦笑しながら、渋々逆側の座布団に腰を下ろした。まるで俺が客人のようだ。
湯呑みにお茶をそそぐと香りが居間全体に広がっていく。
カノン、俺、客人の順にお茶をそそいだ。
うちのルールには反するが、客人に一番苦い急須の底のお茶を飲ましてもバチは当たらないだろう。
「さて、君達は今朝から翼が生えていて動揺していると思う。君達は天使になったのだ。」
「天使か…。」
「あれ?あんまり驚かないんだな〜」
「まぁ、朝起きたら翼がはえていたんだからな…」
ダモクレスは面白くねーなという顔をしているがあんなことがあってからだと、しばらくはなにがあっても驚くことはないだろう。
そこからは小一時間ほど話し込んだ。
この世には沢山の天使と悪魔がいるということ。
怪しい男の名前はダモクレスだと言うこと。
黙示録のラッパ吹きの7人目で天使の中でもかなり上位の天使だということ。
自分たちは《片翼》と言って天使の異形だということ。
もし天使になるのであれば直接、戦い方を教えてくれるということ。
翼は左右ランダムに生えると言うこと。
ちなみに俺は右側でカノンは左側だった。
「そして最後に一つ、出翼した君達ならこれがもう見えるんじゃないのかい?」
そういうと、ダモクレスのふざけた顔は悪魔のような形相に変わっていった。
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