第5話
ようやく学校だ。もうひと踏ん張り! そう思い、廊下を走り抜け式場へ向かおうとしたその時、
「こら! 走るな!」
俺はそんな怒声を聞いた。周りには誰もいなかったので、俺に向けて言ったのだろう。その証拠に、声を発したであろう先生がこちらにゆっくりとそして確実に近づいて来た。その先生は生徒指導の先生なのだろう。
その先生の第一印象は恐ろしいと言う一言に尽きる。それ程の迫力があった。それにこの先生は体育の教師なのだろう。そのことが容易に想像できる先生ほど体格のいい先生だ。
そんな体格は彼の雰囲気と相まって、恐ろしさをより際立たせている。そんなことを考えているうちに、先生が俺の前にやってきて問いかけてきた。
「廊下を走っていたのはお前だな?」
「はい………。」
俺は素直に答えた。言い訳をしてはいけないとあまりあてにならない俺の直感が叫んでいたからだ。よく的外れなことを言っている俺の直感だが、今回ばかりは当たっているだろう。
「はぁ、分かった。生徒指導室まで行くぞ。そこで反省文を書いてもらう。」
はぁ、これは完全に入学式に遅れるな。まぁ、これも自分の蒔いた種だ。仕方がないことだと割りきって、先生に付いて行こうとした。
「それにしても、見たことのない顔だな? まさか、お前新入生か?」
「えっ、あっ、はい………。」
先生が歩きだそうとしたときそんな事を聞いてきた。そんな事を聞かれると思っていなかったので、焦ってしまいたどたどしい答え方になってしまった。
「そうか…………。なら、早く行け!」
「えっ?」
少し考える素振りをしたかと思うとこんなことを言ってきた。俺は、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。少したってから先生の言っていたことが頭に入ってきた。
「後少しで集合時間だろ?」
「だと思います…………。」
公園の時計を見たとき八時半だったので、もう少しで集合時間の八時四十分になる頃だろう。このままだと確実に遅れてしまうだろう。
「そうだろ? だから、今回ばかりは見逃してやる。新入生だしな! ただし、次はないからこれからは十分に注意しろよ?」
「はい。ありがとうございます。」
厳しい先生かと思ったら以外に優しい先生だった。でも、予想通り次はないらしい。今までも早めに行動を始めようと心掛けていたが、これからはより一層気を付けよう。もう二度とこの先生と一対一で話すのはごめんだしな。
「つべこべ言わずに早く行け! ただし、走るなよ?早歩きでならいい。」
「はい!」
優しいと思ったが、やはり怖いには変わりないなと思った。迫力は十分すぎるほどある。
「止まるんじゃねぇぞ! 止まったら遅刻になるぞ!」
「わ、分かりました。」
(ひぃ~~! やっぱり怖すぎるだろこの先生!)
そんなことが頭をよぎったが、今はなりふり構ってはいられない。そう考え、俺が再び歩き出そうとしたその時、こんなことを言ってきた。
「あぁ、一つ言い忘れていたが、俺は体育の教師じゃないからな。」
俺はつい何言ってんだこいつと思ってしまった。どこからどう見ても体育科の教師にしか見えない。なら担当の強化は一体何だと言う疑問が出てきた。その疑問はすぐに解決した。先生本人が言ってくれたからだ。それも衝撃的な答えをだ。
「俺は美術の教師だからな。忘れないでくれよ。いつもみんな忘れちまうから…………。」
「はい、分かりました。」
いまいち、彼の言っていたことを理解できなかった俺だが、とりあえず返事をしてから、先生の言いつけを守り全速力で歩いて式場へ向かった。
俺は歩きながらふと、先生が最後に言っていたことを思い出した。
「?」
そう言えば先生何言ってたんだ?確か体育じゃなくて美術の教師だと言っていたような気がする。
「!?」
美術の教師?そこに来てようやく、先生の言っていたことを理解することができたのだ。
「えっ?え~~~~~~!」
これは、俺の中で今年一番の衝撃的な事実だった。