第7話「エロいこととか?」
ヘヘトは豪快に酒を呑んだ。
しかも酔った素振りすら見せずに僕といっしょに見張りをした。
うん、すごいスタミナだ。
それにしてもまさかワインボトルを5つ空けて平気な顔をしているなんて。
僕はその酒豪という側面に圧倒される他ない。
ヘヘトと向かいあいながら僕は言う。
「ヘヘト……あんなにお酒呑んでたけど大丈夫?」
「ん? 別にフツーよ。もっと呑む時だってあるわよ」
「えぇ……」
リエルは静かに寝息をたてて寝ている。
もう朝になりかけていた。
「ヘヘト、酔ってないの?」
「あんなもんじゃ酔えないわ。もっと買ってくればよかったわねぇ」
ヘヘトはくっくっと笑い出す。
でも別に、笑い上戸からの笑いというわけではないんだろう。
「それにしてももう朝になったね。なんもなくてよかったよ」
「そうかしら? 朝方になってなんか来るかもしれないわよ?」
「ちょっと物騒なこと言わないでよヘヘト」
「言ってみただけよ。私が酒を買いに行ったついでに、ここらの魔物は一掃してきたわ」
「それ酒を買うついでにやることじゃない気がする」
ヘヘトのやることはなんだかんだで規格外だ。
僕はたまにツッコミきれなくなる。
「けっきょくさ、ヘヘトって僕になにをさせたいわけなの?」
「しかるべき手順を踏んでから『根源』に接触してほしいと思ってるわ」
「けど、ヘヘトは根源に至ったわけじゃないんだよね」
「私はね。けど、あなたには至れる素質がある」
やはりよくわからない。
その、根源に至れるかどうかの判別をどうやってつけているのかすらも。
そもそも根源ってなんだよ?
僕の読んだ本においては世界を創出したものと書かれていた。
しかし僕はそういう神秘学的な理解では満足できなかった。
なのでこうして、よく知っていそうなヘヘトに根源へのヒントを聞いている。
「どうして、僕には至れる素質があるってわかるの?」
「う~ん。そうね。単純に言うとあなたの力は計り知れないのよ」
「計り知れない? ヘヘトでも?」
僕はヘヘトに疑問を投げかける。
もっと強くなってもらわないと、僕に彼女は言っていた。
それなのにどうしていきなり計り知れないだなんて単語が出てくるんだ?
「ヘヘト……僕にもっと強くなってもらわないと、とか言ってたよね?」
「あぁ、あくまでそれは表に出ているあなたの強さの話よ、でも」
そこで、ヘヘトは一瞬、言いよどむ。
なにか大事なことを言うかどうか迷ったように。
「そうね……言ってしまうと、あなたの潜在的な能力が計り知れないってわけ」
「それは、僕『呪われし力』とか、それに関係する?」
「ええ、私から言うとあなたの力は、解析不能なのよ。どういうものが本質か。私もわからない」
「なるほどね」
どうやら僕の力は、その本質がまったくの未知らしい。
ヘヘトほどの実力者でもそれは解析できないという。
話を聞いて収穫はあったけれど、謎はますます深まった。
そもそもこの『呪われし力』は誰が、なんのために?
いや、そこに理由を求めようとすることが間違っているのかもしれない。
しかし納得のいかないことに理由を求めようとするのは人の性だ。
僕は黙り込んで考える。
しかし、これだという納得のいく理由は出ない。
そればかりか、僕は生来呪われた存在なんじゃないか? などとマイナスの方向に考えがいってしまう。
「……テオス。大丈夫? なんだか調子がよくないみたいだけど」
「ん、いや、心配ありがと。ちょっと変な方向に思考がはたらいただけ」
「エロいこととか?」
「今までの話でどこに、そんなこと考える要素があった!?」
僕は思わずツッコミをいれる。
ホントにヘヘトは調子を狂わせるというか。
けど彼女なりに気をつかってくれているんだろうと思う。
でも彼女の気づかいは、まるで唐突に来る台風のようで油断ならない。
「てっきりそんな妄想をしちゃってるのかと思ってたわ」
「そういうのは調子のいいときに考えるもんじゃない!?」
ヘヘトは「それもそうね」なんて言う。
僕のことを励まそうとしてくれたんだろうか。
でも、僕はヘヘトの常識破りなところにけっこう救われてるのかもしれない。
そのことには、感謝の情もある。
「ね、ヘヘト」
「んー? なに?」
「やっぱりさ、ヘヘトって細かいところで僕を気づかってくれてるでしょ」
「さて、どうかしらね? けどあなたと話すのは退屈しないわ、テオス」
そんなことを言って彼女は、はぐらかす。
素直じゃないなぁ、と僕は思う。
けどこれが彼女の自然体なんだろう。
「あ、そろそろ朝だね」
「そうね。あなたと朝を迎える……なかなかに有意義な時間だったわ」
ヘヘトは、そこでおおらかに微笑んだ。
僕はその微笑みの美しさに、一瞬だけ心が動いてしまう。
なんだかんだで、ヘヘトも綺麗な女の子だ。
性格や行動が型破りでなければきっとモテる。
「それにしても、きれいな朝焼けね……」
ヘヘトは、そんなことを言いながら発色のよい金髪に手をあてる。
朝焼けに照らされたその髪は純金のように輝いて、息を呑むほどに美しい。
僕はヘヘトのきれいな細い手や髪を見て、二の句が継げなくなる。
「なによ、テオス。黙っちゃって」
「え、いやその……なんでもないさ」
「ふぅーん?」
ヘヘトは得意げな顔をしている。
どこか勝ち誇ったような笑みもたたえている。
ちくしょうなんか負けた気がして悔しいぞ。
「ま、話したいときに言うといいわ」
きみがとても綺麗だと思った。
そんなこと言えるほど僕はキザじゃないので、黙っておくことにする。
けれどヘヘトの容姿は、人を惑わすほどの魅力がある。
「ねぇ。ヘヘトってさ、色々ともったいないよね」
「もったいないってなにがよ」
「いや、色々とだよ」
「要領を得ないわねぇ」
ヘヘトはちょっと不満そうに僕を見る。
ルビーのような真紅の瞳は凛としていて美しい。
綺麗なのに、やっぱり色々ともったいないなあと思う。
「そうそう、そろそろリエルが起きる頃かしらね?」
「そうだね。結局、僕らは眠れぬまま夜を明かしたわけだ」
「まぁいいじゃない。私はあなたと話すの好きよ?」
「ふふ、ありがとう」
僕は、ゆっくりやさしくヘヘトに微笑んでみる。
彼女は僕の表情を見るとちょっと顔を赤くした。
「も、もうっテオスったら……」
ヘヘトをちょっとドキッとさせることに成功したのかもしれない。
僕は少しでも彼女を動揺させることができて嬉しい。
そんなことを思っていると、リエルが起きてくる。
「んぅ~。おはよう2人とも……見張り、ありがとうね~」
リエルはクリクリした目をこすりながら起きてくる。
水色のキレイな髪には寝癖ができている。
リエルは徹底的にかわいらしい。
「リエル、おはよう。よく眠れたかい?」
「うんっ、よく眠れた!」
「そっか、それはよかったよ」
「あ、そうだ。私、さっそくだけど朝ごはん作ってくるね~」
リエルは起きたばかりにも関わらず、足早にキッチンへ向かった。
ほんとうによくはたらく女の子だな、と僕は思う。
「あなた、ほんとうにリエルにはデレてるわねぇ」
ちょっと妬いたようにヘヘトが言ってくる。
僕は少し驚く。
ヘヘトが妬くなんて想像もできなかったからだ。
「デレてるって、べつにそんなことないって」
「そう? あなた達、かなりお似合いに見えるわよ?」
「へ、へえ。そうなんだ……?」
とりあえず、ヘヘトから得た情報をまとめようと思う。
僕は潜在的には、彼女ですら計り知れない力をもつということ。
そして根源に到達しうる可能性があるということ。
こんなところだろう。
そしてリエルが「朝食できたよー」としらせてくれる。
僕らはその声に従って朝食を食べることにした。