第6話「憧れちゃうよ」
そこにいたのはリエルだった。
もー驚かせないでよほんとにもう!
「テオスくん……来ちゃった」
来ちゃった。
うん、それは言わなくともわかるけどー!
「ん、いらっしゃいリエル。どうしたの?」
「んー……その、なんだかヘヘトちゃんとテオスくん、仲がいいなあって」
「腐れ縁みたいなものなんだけどね?」
「それでも、ああやって色々と話せるのってちょっと憧れちゃうよ」
そこで、リエルがちょっと口を尖らせているのに気づく。
たぶん僕とヘヘトの関係に少し妬いてるんだろう。
かわいらしい。
「色々と……って言ったって、ヘヘトは秘密にしてることも多いけどね?」
「う~……それでもそれでも~! うらやましいなってちょっと思ってるんだよ?」
隣の芝生は青い、というものなんだろう。
誰でもうらやましくなったりはあるものね。
リエルは、きゅっと僕の服の袖をつかむ。
「テオスくん……せっかく見張ってもらってるのに、なんだかごめんね?」
「あはは……大丈夫だよ。リエルがなにを謝ることがあるの?」
「ん……なんだか、ちょっと人肌が恋しくなった、っていうのかな? こんなときなのに、甘えたくなっちゃって、さ」
リエルはそういうところは本当に正直だ。
正直なので、僕はそれが清々しいと思う。
「うん……僕でいいなら甘えていいよ。でも、夜は色々と危ないかもしれないよ? その、魔獣とか、出るかも、だし」
「いい、いいの……テオスくんといっしょに居られるなら……どんなに危険でも」
すると、リエルは後からぎゅ、と静かに僕を抱きしめてくる。
その行為にさすがの僕もちょっと動揺してしまう。
「リ、リエル……!?」
「ん、テオスくんの背中……あったかいね」
「そ、そりゃあどうもありがとう?」
「ふふ……テオスくんのやさしさはお日様みたいだね」
そんなことを言われると、僕はちょっと照れてしまう。
かすかに僕は赤面していることだろう。
リエルに抱きつかれている。
抱きつかれていると平常心を保つのに一苦労だ。
リエルからはいい香りもする。
口に出しては言わないけれど、彼女はとても魅力的だ。
「リエル……その、リエルはさ……僕のことがその……」
「ん、なに? テオスくん」
「い、いやなんでもない」
僕のことが好きなの?
そうドストレートに聞けるほど僕はキザじゃない。
「え~、気になるよぉ」
リエルはさらに体をぐっと押し付けてくる。
こ、これはそろそろ離れないといろいろとまずい。
厳密には僕の理性とか理性とか理性とかが。
「そういわれても秘密! それと、抱きついてくれるのは嬉しいけどその……そろそろ離れよう? 誰か見てるかもだし」
「そ、それもそうだね! ごめんねテオスくん。私が寂しがったばっかりに」
「大丈夫だよ。その、リエルみたいなかわいい子に気に入られるのは、嬉しいし」
「か、かわいい? 私が? そう、そうかなぁ……」
そんなことを言いつつ、リエルは素直に離れてくれる。
リエルは、自分のかわいらしさに自信が持てていないらしい。
そんな一面がまたかわいいんだけど。
「ね、ねぇ、テオスくん」
「ん、どうしたの?」
「テオスくんは正直……私のこと、どう思ってるかな」
「ううん、とてもかわいくて大事な存在、かな」
僕はゆっくりと振り返りながら言う。
するとそこには、顔を真っ赤にしたリエルの姿があった。
「ありがとう。私、幸せ者だね……」
僕はその様子に、思わず頭をかいてしまう。
彼女は僕に恋をしている。
僕に恋をしてくれている。
その事実を知っても、僕はうまく応えられないのがもどかしいと思う。
彼女の好意を知ってなお、言葉に詰まっている。
僕を好きになってくれるのはもちろん嬉しい。
「そ、そうだ。ヘヘトはまだ帰ってこないんだね?」
「むぅ……今は、ヘヘトちゃんじゃなくて、私を見てほしい、かな」
「あはは、ごめんね。こう、僕ってなんか大事なところはぐらかしちゃって」
「ふふ、私こそわがままごめんね。そういうところも、テオスくんらしくて私、好きだなあ」
彼女はハッキリと、僕が好きだという。
うん、僕だって彼女のことを想っている。
だけど、それは彼女をかわいらしいと思っている感情に過ぎないのかもしれない。
だから、肝心なところで僕は答えをごまかしてしまう。
僕の好きは、恋愛対象としての好きではないのかもしれない、とか考えてしまって。
「テオスくんはさ、色々と先読みして考えすぎかもよ?」
そこで、黙考していた僕を、背伸びしてリエルが撫でる。
優しい撫で方だ。
色々と先読みをする……たしかに僕にはそういう傾向があるかもしれない。
リエルもまた、僕のことをとてもよく見ているのだ。
僕はまた、僕の知らない一面を知る。
リエルに優しく撫でられながら、僕はまた黙考してしまう。
きっと僕は難しい顔つきになっていることだろう。
「もー、またそんな顔してー。なにかあったらさ、私にも相談していいんだよ?」
「うん。リエルには大切なこととか、相談するようにするよ」
「ふうん。じゃあ、なにを考えてたの?」
僕はそういわれて、言葉を探してしまう。
応えるべき言葉をしばし黙考する。
そうしてやっと出た言葉は頼りないものだった。
「どうすれば、僕はリエルの期待に応えられるかな……って」
「ふふっ、きみはもう、私の期待に応えているよ?」
そう言って、リエルは花のように笑う。
水色の髪がしゃらりと揺れる。
クリクリした目は、優しく細められている。
どんなときだって、彼女の笑顔は僕にやさしい。
僕はときどき、そんな彼女のやさしさに吸い込まれてしまいそうになる。
「リエル……」
そこで僕は彼女に歩み寄る。
やっぱり彼女のことが、僕はたまらなく愛しい。
「テオスくん……」
僕は、リエルの手にそっと僕の手を重ねる。
そうして互いの距離を縮めた。
やがて、僕の顔は彼女と触れ合いそうになるほど近付く。
とくん、とくんと僕の胸は脈打っている。
彼女との距離は近い。
息遣いまでハッキリと聞こえるほどだ。
リエルは、顔と顔が近付くのがわかると静かに目を閉じる。
僕も薄く目を閉じる。
そうして、互いの唇が触れ合いそうになる。
そして、その時――
「ただいま~! さぁて、酒を買ってきたわよー!?」
ヘヘトがいきなり帰ってくる。
なんてタイミングだ!
僕らは唇が触れ合いそうになったのを離して目を丸める。
「へ、ヘヘト!? お、おかえり……」
「ヘヘトちゃんっ? お、おかえりなさい……」
僕とリエルは、このタイミングに思わず唖然とすることしかできない。
「ん? なぁにあなた達。ひょっとして私、おじゃまだった?」
そうだともいえるしそうじゃないともいえる!
「いやまぁ……ほんとヘヘトはいっつもすごいタイミングに来るって言うか……」
「なによー。私だって狙ってるわけじゃないのよ?」
狙ってやってるんじゃないとしたらほんとにすごいタイミングだ。
けれどそれもヘヘトらしいな、と僕は思う。
今宵あったことは、僕とリエルの2人だけの秘密。
ヘヘトが秘密にすることがあるように、僕らだって秘密をつくろう。
僕はリエルへ小声で言う。
「リエル、ヘヘトには今のこと、内緒にしちゃおっか」
「う、うんっ。そうだね。テオスくん」
僕らはそんな、秘密をつくる。
まさかこんな秘密をつくったことは、ヘヘトだって知る由がないだろう。
その夜、ヘヘトは酒を呑みまくるので僕はちょっと心配になった。