第4話「最強なんじゃない?」
「いやー、テオスくんはべらぼうに強いね!」
研究所に戻ると、リエルがそんな第一声を口にした。
僕はその言葉を聞いて、少し嬉しくなってしまう。
女の子から強いといわれると、僕だって嬉しい。
男の子はそういうものなのかもしれない。
「そうかな……まぁ相当な数のモンスターを侵食しては来たけれど」
「それを抜きにしても、テオスくん自身がメチャクチャ強いんじゃないかなって思うよ」
「あはは、ありがとう」
僕は格闘を終えてきたところである。
とはいってもワンパンで決着をつけてしまった。
後ろからついてきたヘヘトはさっきからニヤニヤしている。
「ふふ……テオスは順調に強くなってるようだからね。もっと強くなったら、この宇宙の秘密、人間の秘密を詳しく教えてあげるわ?」
「えっその秘密ってすごい気になるんだけど」
僕が気になると言うとリエルも追従するように「わたしもー」と言う。
「まだその時じゃない……と言っておこうかしら。テオス。もしあなたが『根源』というのを求めるなら、まだまだたくさんのものを侵食してもらわないとね? その『呪われし力』で」
なんてヘヘトは言う。
いや気になるじゃないか。
もったいぶらずに教えてよー。
けれど彼女には彼女なりに、まだ教えられない理由があるのだろう。
ヘヘトはなんだかんだで無駄と思える行為はしないのだ。
とりあえず、僕が『根源』というものを知るには強くならなくてはいけない。
もう意地でも、ヘヘトのもっている情報を開示させる必要がある。
「う~ん。けどテオスくん……私から見たらもう最強なんじゃない? なんて思っちゃうよ」
「ふふ……テオスはまだまだ強くなるわ。いずれ私がまったく敵わないくらいにまで、ね。テオスには、それだけの成長性が、ある」
それを聞いて、リエルがそのクリクリした目を大きく開く。
ビックリしたんだなとすぐにわかる。
彼女は自分の心情をすぐ表情に出すことが多い。
わかりやすい。
「テオスくん……そんなに強くなっちゃうんだ。なんだか私が2人に取り残されちゃいそうだよ」
「安心なさい。テオスはいくら強くなってもリエルを見捨てるなんてしない男だから」
僕はその言葉に、ひとつ頷いた。
ヘヘトの観察眼はさすがだ。
僕は決してリエルを見放したりなんてしないし、それはできないだろう。
そういうところ、ヘヘトはよく見ているのだ。
「……テオスくん、ほんと?」
リエルは小首をかしげて訊ねてくる。
彼女は今にも見捨てられそうな子犬のような表情だ。
急に変なことを聞かれるので、僕はふっと一笑する。
「ほんとだよ。だってリエル、ちょっといい人すぎるし、心配だもん」
「いい人すぎる……そ、そう? そう、かなぁ……」
リエルは幸せそうな表情をする。
僕の言葉で彼女が喜んでくれる。
これほど嬉しい事もそうそうない。
「ふふっ、テオスくんからそういわれるなんて私、幸せ……」
やがてリエルは恍惚とした表情になる。
あれ、喜ばせすぎた!?
ぽわぽわした世界からもどってこーいカムバーック!
「……テオス、今のリエルを諭そうと思っても遅いわよ。純真な女の子の恋心を誰が止められるというの?」
純真な女の子の恋心?
ヘヘトはそう言った。
彼女の言葉も、額面通りに受け止めてはならないところがある。
けれど今のリエルの様子を見るに、彼女の言葉はおそらく正しい。
恋は衝動だ。
一瞬の気の迷いとかいう人もいる。
リエルは、その、つまり僕の事が好き……ということなんだろう。
僕はその気持ちに応えることができないでいる。
僕のもつ『呪われし力』が、いずれ暴走して僕をも飲み込まないか、それが怖いのだ。
もしかしたら僕は、僕の意思に反して取り返しのつかないことをするかもしれない。
『呪われし力』の凶悪性は僕がいちばんよく知っている。
それだけに、この力がいずれ僕を支配するまでに増長しないか不安なのだ。
僕の表情はきっと曇っていることだろう。
それを察してか、ヘヘトは僕の手をやさしくとった。
「大丈夫よテオス。あなたは必ず、その力に呑まれたりはしない。だって、あなたはいつもその力を制御してきたじゃない?」
「うん……でもやっぱり、この力の正体がわからないから……不安、かな」
僕はそんな弱音をこぼす。
正気に戻って僕の様子を察したリエルも、やさしく僕の片手をとってくれる。
「テオスくんは、きっとその力に呑まれたりなんかしないよ。それに、テオスくんに全部を奪われたって、私はそれでも……」
リエルはそこで言葉を切る。
そうして赤面してしまう。
よほど恥ずかしいことを言おうとしたんだな、と僕は微笑む。
「うん。ありがとう2人とも。そうだね。僕はきっと、大丈夫だ。この闇なんかに呑まれたりはしない。誓うよ」
そうだ。
僕が弱気になってはいけないじゃないか。
僕はリエルといっしょに世界の根源を知るんだ。
ヘヘトから世界の秘密を聞き出してやるんだ。
もっと強くならなくてはいけないんだ。
闇なんかに呑まれている場合ではない。
僕は誓う、そして決意する。
『呪われし力』に決して呑まれたりはしないと。
「お、テオス、さっきとは変わって、いい顔つきになったじゃない。そう、それよ。その気持ちをもち続けている限りは、あなたは大丈夫よ」
なんて言いながら、ヘヘトは僕の手のひらをふにふに指で押して遊んできた。
あれ、マジメな雰囲気だったのにここでふにふにしてくるの!?
「あのー、ヘヘトさん? なんで僕の手を弄ってるんでしょうか」
「んぇ? なんかテオスって肌がきれいだし、手も触り心地がいいなあって」
「せっかくの雰囲気が台無しじゃないか!」
「雰囲気なんて台無しになるくらいがちょうどいいのよ!」
「ヒドい名言だ!」
僕はすかさずツッコミを入れてしまう。
この雰囲気で手のひらふにふにをぶっこんでくるとはさすがヘヘト。
油断ならない。
リエルもそれに触発されて「たしかにテオスくんの手ってきれいな形だよねー」ってふにふにしてくる。
けれど、恐れられるよりはいい。
手をふにふにされているけど、それはそれで僕は嬉しい。
「2人とも……なんか、ほんとありがとうね? 変な力をもってる僕だけど……その、これからもよろしく」
それを聞いて、ヘヘトとリエルは同じタイミングで笑い出す。
「ふふっ、あなたは私が見込んだ男なのよ? 私こそ、行動や性格がぶっ飛んでるけどよろしく頼むわね」
あっ、一応ぶっ飛んでる自覚はあったんだ。
「テオスくん、私はいつでもあなたのことを信じます。だから……よろしく、ね?」
「うん。ありがとう、リエル」
僕はリエルの言葉に打たれてしまう。
僕のことを最強なんじゃないか、とまで言ってくれた彼女。
信じます、と言ってくれた彼女。
そんな彼女の期待や信用に恥じない姿を見せなくてはならない。
決して『呪われし力』になんて負けたりはしない。
僕達は、互いの絆を再確認する。
そうだ、ところで気になってることがある。
「ヘヘト……とりあえずごまかしてるワケじゃないと思うんだけどさ」
「んぇ? なによ?」
「割ったガラスはちゃんと弁償すること、いい?」
「あっはっは! その件はガラス職人さんを呼んでおくから大丈夫よ」
「工芸家さんとかじゃないだろうね?」
「安心なさい、シッカリ窓ガラスを修復してくれるタイプの職人さんよ」
シッカリ修復してくれるタイプってなんだろう。
けどヘヘトはこういうところしっかりしているし、僕が気にする必要はなさそうだ。
リエルが笑う。ヘヘトも笑う。
ありがとう、僕を勇気づけてくれて。
笑う2人に感化されて僕まで笑ってしまう
僕はこうやって笑いあうことが好きだ。
こんな日々がいつまでも続いていけばいい。
陽はもう落ちかけて夜になりそうな頃合だった。