第1話「魔獣がガラスをぶち破ってきた」
「あー、リエル。とりあえずシャワー借りていい?」
「いいよー? 一緒に浴びる?」
「や、それはいいよリエルも女の子なんだし」
「私……テオスくんなら、いいよ……?」
なにがいいのかはわからないけど、それは倫理的によくない気がする。
とりあえず僕は一人でシャワーを浴びよう。
年頃の女の子といっしょでは、色々と集中できないんだわかってくれ!
僕は脱衣所に行って、黒い服を脱いでバスルームに入る。
リエルはひょこひょことついて来た。
でも僕が服を脱ぐのを見るとわざとらしく「きゃ」と声を出して赤面しながら、てへっと舌を出していた。
所作はかわいらしい。
僕はこういう彼女の茶目っ気には慣れているのだ。
僕はシャワーを浴びる。冷たいのでいい。
とりあえず汗を軽く流したいというだけだったから。
すると、リエルの白衣が擦りガラス越しに見える。
まさか、ホントに僕といっしょに浴びに来たんじゃないだろうね?
「あ、テオスくんタオル忘れてたよー?」
なんだそんなことか。
「あ、そうだったね。脱衣所に適当に置いといてー?」
「くっ、テオスくんのハダカを見るチャンスかと思ったのに! それにしてもテオスくん……かっこいいけどちょっとかわいい系だよねー」
彼女にとって、僕のハダカは価値あるものだったらしい。
僕はかわいい系といわれる。
かっこいいまでは嬉しいけれどかわいいがちょっとわからない。
僕は自分の黒髪を洗いながら考えるけれど自分がかわいいとは思えない。
自分で自分のことをかわいいとかカッコイイとか言ってたら変だ。
それはなんかナルシストに見える。
まあほどほどに思っておくのがちょうどよいのかもしれない。
しかし男の子にとってカッコイイかそうでないかっていうのは重い問題なのだ。
僕は髪も洗い終えると脱衣所へ戻り、タオルで体を拭く。
まさかリエルの服を着るわけにゃいかない。
というかサイズが合わないだろう。
また黒い服を着て、僕はリビングに戻る。
「戻ったよ、ありがとう」
「どういたしましてー。テオスくんには色々ともらっちゃってるから、少しでもおかえしできたらなって思ってるんだ」
「そんなこと気にしなくていいって。そうだ、ヘヘトはいないの?」
「あー、ヘヘトちゃんなら2日前に旅にでかけたよ?」
ヘヘトというのは、リエルの研究所に勝手に居候していた女の子だ。
色々と性格がぶっとんでいるのでいっしょに居ると話のネタが尽きない。
最強と呼ばれた伝説の古竜を拳ひとつでぶちのめしたとか、最強の加護を受けた転生者を拳ひとつでぶちのめしたとか、そういう話を聞いている。
ぶちのめしてばっかじゃないか!
そんな愉快な彼女は旅に出ているらしい。
彼女の事だからまたなにかをぶちのめして帰ってくるんだと思う。
世界の均衡を守るという大義をかかげて。
ちなみに彼女とは殴り合ったことがないので、殴り合いで勝てるかどうかはわからない。
でも、彼女はちゃんと強いので拳ひとつでぶちのめした伝説は嘘じゃなんいだろう。
僕は彼女が居ないのを確認すると、ソファにゆっくりと腰を落ち着かせた。
「ヘヘトがいないなら、僕もゆっくりできるよ」
「あはは……テオスくん、ヘヘトちゃんにけっこう振り回されてるもんね?」
「まあ彼女はグイグイくるからね……うん」
僕は苦笑いしてしまう。
唐突に旅に出ていってまたすぐに戻ってくるのがヘヘトの特徴だ。
身軽といえばいいのか落ち着きがないといえばいいのかわからない。
「で、テオスくん。なにか食べる?」
「うーん、そんなにお腹は空いてないから大丈夫だよ?」
「えー、海鮮丼とかつくろうと思ってたのになぁ」
あっそれ美味しそう。
「ごめん、やっぱつくってもらえる?」
「おーけーおーけぃ! 豪華なものだから、テオスくんに食べてもらえるのは嬉しいなあ」
僕はソファに座って海鮮丼を待つことにする。
リエルは料理が得意なのだ。
彼女は嬉しそうにキッチンへ向かっていった。
どんなものが出てくるのかすごく楽しみだ。
少し待つと、彼女は海鮮丼を銀のおぼんに乗せて出てくる。
よく脂ののった赤身魚と白身魚が、きれいな紅白を見せていて美しい。
素晴らしい。
「さ、食べて食べてー?」
「うん、いただきま……」
と、僕が言いかけたそのときだった。
ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアン!
リビングの窓ガラスが砕け散る。
そこから巨大な魔獣の固体が血まみれで飛んで来たので、僕は海鮮丼を片手にとってリエルを庇う。
彼女を押し倒すようなかたちになってしまったけれど、それを恥ずかしがってる場合じゃない。
「テ、テオスくんっ?」
リエルは顔を赤くしていた。
いや押し倒したのはそういう意図があったわけじゃなくて。
うん、色々と危機一髪!
「リエル……大丈夫? ガラスの欠片とか、刺さってない?」
「う、うんっ……テオスくんが護ってくれたから……」
リエルはぽーっと顔を赤くして応える。
その様子を見て、僕は大丈夫そうだと安心した。
それよりもなんで、魔獣なんてものがガラスをぶち破って飛んできたんだ?
僕はゆっくりと身を起こして、飛んできた猪の魔獣を視認する。
絶命してテーブルにドサッと四肢をひろげていた。
すると割れた窓ガラスの向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。
「あー……ごめんごめん。驚かせちゃったかしら?」
凛とした声。
発色のよい金髪。
ルビーのような赤い瞳。
赤いミニドレス。
僕はこの女の子をよく知っている。
さっき言っていたヘヘトという女の子。
ヘヘト・ケルークだ。
「いや驚いたもなにも……フツー人の家に魔獣をぶっ飛ばす? ヘヘト」
「たまたまぶっ飛ばした先に家があったのよ。その様子なら無事そうね。よかったわ」
なんだその理屈!
「とりあえず窓ガラスを割ったのヘヘトだから弁償するんだよ。あと、僕はともかくリエルにちゃんと謝って」
「まあそりゃそうよね、ごめんなさいね? リエル」
ヘヘトは素直に謝った。
性格や行動からぶっ飛んでいるのに彼女はこういうところ、やけに素直だ。
リエルは窓ガラスを割られたにも関わらず、にっこりと微笑んでヘヘトに手をひらひら振ってこう応えた。
「いいよいいよー、ヘヘトちゃんのおかげでちょっと良い思いができたし……チャラってことで!」
そんな簡単に許しちゃうのは甘すぎじゃないだろうか?
僕はたまたま彼女らの倫理構造がわからなくなる。
でも、リエルがいいというならいいのだろう。
「けどさ、そもそもなんでヘヘトは魔獣をこっちにぶっ飛ばしたの? ちょっとわけわかんないんだけど」
「んぇ? なんかこっちに向かって突っ込んできたからよ。ぽーんと蹴り飛ばしてやったらボールのように飛んでったわ」
魔獣をボール感覚で蹴るんじゃない!
「いや、やっぱヘヘトはおかしいって、色々と」
「そう? 英断だったと思うわよ? あのまま暴走させたら街の人に被害出るかもしれないし」
「そのかわりヘヘトのせいでこっちに損害が出てんだけどね?」
そんなことを言っていると、まあまあとリエルが仲裁に入ってくる。ほんとうにリエルは人がよすぎるので大丈夫か心配になってしまう。
「まあまあ、せっかくヘヘトちゃんも来たんだから! いっしょに仲良く食事にしよう?」
「お、私もそれ賛成。魔獣とガラスは片付けておくからそのうちに、さっきからテオスがもってるおいしそうな海鮮丼お願いできる?」
「わかった! すぐ作るから待っててね~?」
ほんとうにそれでいいのかと僕は唖然とする。
まあここはリエルのものだし僕が口出しすべきじゃないんだろう。
結局、僕らは三人で海鮮丼を楽しむことになった。
まあヘヘトがいると賑やかだし退屈はしない。
例のごとく、今度は彼女が拳ひとつで魔王をぶちのめしたとかいうおみやげ話を聞くことになった。