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タピオと豊穣の魔女  作者: ぴな子
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出会い



 うっそうと茂る草花に浸蝕された小屋がぽつり。

 日の光を浴び煌めく水面、草は踏み荒らされることなく柔らかく地面を覆っている。

 低木の花は咲き乱れ、木には赤く熟れた実が生っていた。

 小鳥はさえずり、動物たちは日向でさやさやと風になでられている。

 まるで楽園を彷彿とさせる。



 そう、この空間だけが。



 周りは黒い木々に囲まれ日の光が届かない暗闇が広がっている。

 時折森から光るミモザの双眸が暗闇に浮かび上がり、この空間を伺っている。

 小屋から響く破裂音で逃げるように消える眼は、この森に潜む高い攻撃力を持った魔獣の1匹。


 この小屋の主に屈辱を受けた日からこうして復讐の機会を窺っているが、自身に埋め込まれたトラウマによって小さな物音でも撤退し、チャンスをものにしたことがない。


 そもそもあの敷地内を守る結界が張っているため踏み込むことすらできないのだが、其処まで近づいたことのない魔獣は、無意味な行為を繰り返していた。



 小屋の中、作業場のような室内で破裂音を起こしたフラスコを持った人物は、目を丸くして驚きの表情で固まっていた。フラスコから出た酸素がアンティークグリーンの髪を乱れさせ、かけていた丸く厚い眼鏡をずらさせる。


「またやっちゃった……」


 机に置かれたノートに書きこまれたリストの1つに線を引く。

 ペンを持った彼女の指からは草が生え、枯れてゆく。

 指だけではない。

 足元では忙しなく草花が生命のリレーを繰り返していた。


 彼女、マイヤ・スコッティは植物を扱う魔術に優れた魔女である――操れきれているわけではないのだが。

 マイヤは自身の持つ特殊な魔力を制御しきれず、こうして植物の生命をいたずらに消費してしまっている。


 どうにか制御するためのナニカを造りだそうと奮闘しているがなかなか成功せず、小屋の中は彼女の散らばった魔力から草花が根付き、まるで数十年ほったらかされた廃墟のような有様だ。


 一休みしようとキッチンへ向かう。

 朝作った野菜のスープの香りが鼻をくすぐる。

 魔女仲間から貰った茶葉を取り出し、やかんとポット、カップを鼻歌を歌いながら準備した。


 外に置かれた簡易なテーブルとイスは壊れないのが不思議なぐらい傷んでいる。マイヤは特に気に掛けるわけもなく、トレイをテーブルに置くと椅子へ腰を掛ける。ギシィィと嫌な音が穏やかな庭に響く。

 

 森唯一の安息の場となっているこの庭には、当然のように小動物が集まってくるのだが、先程の破裂音と椅子の軋む音で驚いた小鳥は懸命に鳴きながら空に羽ばたき、リスやウサギは巣穴に引っ込み外の様子を窺っている。



 チリリーン


 紅茶を楽しみ、暖かい陽気でうつらうつらしていたマイヤは、突然の訪問にゆっくり目を覚ます。

 鈴の様な音の場合、結界に触れた者が害となるものではないと判断した証拠である。


「はいはーい、いますよー」

 結界に触れた方へと行くと知り合いの魔女がいた。


 人間の子供を連れて。


「……え?」


 どう反応していいかわからず固まっていると、ガスマスク越しの彼女と眼が合う。

 シュコーと音を出す彼女、アンネマリー・フックスは自身と同じくらいの大きい杖で汚いモノを押し付ける様にマイヤに人間を差し出す。杖で服を引っ掛け持ち上げているため、吊るされた子供の腹が見える。

 栄養失調を起こしているのだろう、手足や胸が痩せこけ、骨と皮しかない容姿なのに、お腹がぽっこりと出ている。ボロボロの服から、捨てられたことが容易に想像できた。


 マイヤはアンネマリーから人間の子供を受け取る。

 自由になった杖でアンネマリーは文字を浮かべる。


【私の森に落ちていた人間だ】

【こいつのせいで蕁麻疹が止まらない】

【薬をくれ】

【代金はその人間でいいだろう】

【お前がやっている実験の素材にでもすればいい】


 アンネマリーは小屋の中に入っていった。

 マイヤは抱き上げた子供を見るが虚ろな目で何の反応も示さない。

 生にも死にも縋ることなく、醜い人形の様な子供に溜息がでる。

「庭にいてね。後で相手してあげるから」

 うんともすんとも言わない子供に可愛げのない印象を持ったマイヤは、小屋にいるアンネマリーの元へ向かう。


 薬棚のある部屋にいたアンネマリーは自身の持つ美しいルビーレッドの髪を束ね、身につけていた黒いドレスを脱ごうとしていた。彼女が持つ本来の白くきめ細かな肌には、赤くわずかに膨らんだ腫れが身体の大半を覆っていた。

「アン、掻いたらダメって言ったでしょう」

 マイヤは身体を見ると、お馴染みの注意をし、薬を3つ用意する。

【かゆくて死にそうだ】

「だ~か~ら~、掻いちゃダメなの」


 マイヤは薬の製造を主にしている魔女だが、アンネマリーは占いを主にしているため、こうして薬を買いに来る。

 薬を腕、胸、背、腰、脚へと塗っていく。

 毛髪アレルギーという特殊はアレルギー持ちの彼女にとって、汚れた子供の髪に過剰反応、症状によるストレスによって、こんな姿になってしまったのだろう。


 2つ目の薬に手を出したところでマイヤはずっと疑問だったことを尋ねる。

「というか、その顔装備どうしたの?」

 今は外され衣類と一緒に置かれたガスマスクは、はっきり言って異物だ。

【拾ったんだ森で】

「……物珍しさで着けていたの?」

【あの人間と同じ空気を吸いたくなかった】

 子供の様な言い分で綺麗な顔が歪められる。

 自身に掛けた阻害魔法で今は症状が出ていないが、子供との出会い方がそれほど嫌なものだったに違いない。


 彼女の住む森は穢れた果ての森といわている。有毒ガスが噴き出る場所があることから不毛な土地とされ、大陸に存在する忌み嫌われる13の森の1つである。

 マイヤの住む森もその1つであり、珍しい薬草が多く自生していることから、暗晦と豊穣の森と呼ばれている。


 名誉を求め森に挑む冒険者は後を絶たないが、ほとんどが逃げ帰るか失踪するかの二択である。

 アンネマリーが拾った装備も冒険者が落したものだろう。


 2つの薬を塗り終わり、飲み薬を渡し、服を着る様に言うと、アンネマリーはふいに文字をおこす。

【お前の元に人間を与えると幸運が訪れる】

【占いで出てきた】

「……幸運って誰に? 私に? それともアンに?」

【私の占いは当たる】

 マイヤの問いには答えず、来た時よりも軽装で出ていった。



 幸運が訪れる。

 マイヤはどんな事が自分にとって幸福なことなのか考えるが、庭においた子供を思い出し、外へ慌てて出る。


 泉の近くで子供は木陰に座っていた。ずっと動かなかったのか、頭に小鳥をのせ、傍らにはシカやウサギが寄り添っている。マイヤが近づくと動物たちは去っていった。

「君、名前は」

「ぼくのこところすの?」

「はぁ」

 名前を訊いているのに、自分をどうするのか訊いてくる人間の子供に呆気に取られる。

「今のところ殺す予定はないよ。で、名前は」

 子供の問いに答えてやったマイヤは再度名前を訊くが、子供は何か考える様に視線を彷徨わせる。無言に耐えられなくなったマイヤは子供を抱き上げる。 

「とりあえず、身体洗いなさい。その後食事を用意してあげる。……食べてなかったのでしょ」

 軽すぎる体に引く。急に食べたら吐くかもしれない、どんなメニューにするかと考える。

「……タピオ……」

「うん?」

「タピオ。……ぼくのなまえ」

 生気の感じられないネービーブルーの瞳はマイヤを見つめ、このタイムラグで子供に何があったのか、自分の名前を名乗った。

「ふーん、タピオね。……それじゃ、体洗ってきなさい」

 タピオを風呂場に押し込むとキッチンに向かった。



 汚れが落ちたタピオに一瞬目を奪われる。

 泥が落ちたブロンドの髪は水分を含み、窓から入る光できらきらと輝いていた。

 床に滴り染みをつくる水滴にハッとし、タオルでガシガシ髪を拭く。

 完全にきれいになった訳ではないのだが、マイヤ自身、身なりに無頓着なため、ほぼ十分だと感じた。


「良い食事を」

 椅子に座らせると野菜スープとスプーンを差し出す。マイヤとスープを交互に見つめ、なかなか手を付けないタピオに、早く食べろと急かす言葉を飲み込み、出来るだけ優しい声になるよう意識する。

「冷めてしまうよ。大丈夫、味は保障する」

 そう言うと、スプーンで掬いおずおずと口に運ぶ。マイヤはその様子に少し苛立ちを覚えるが、数口運ぶと貪欲に食べ始めるタピオにマイヤは満足げな顔で食事を眺めた。


「今日はこれだけになさい」

 すべてのスープを飲み終え、空になった食器を見つめるタピオにそう言うと、紅茶を差し出す。

 まだ空腹であるタピオは、香りや味を楽しむことなく飲み干す。

 マイヤはタピオに与えたものと同じ、ハーブ入りのフレーバーティーを口にする。飲み干したタピオに対し、まだ子供だから良さが分からないのは仕方がないと言い聞かせ、レモンの爽やかな香りを楽しんだ。


 お湯を浴び、食事を取ったことで気が緩んだのか、船を漕ぎ始めるタピオをそっと抱き上げ、マイヤは自室のベッドへと運ぶ。毛布を掛け、寝顔を無感情に眺める。

 タピオの指に絡むようにオレンジの花が咲く。


 1つしかないベッドを譲ってしまったことに今更後悔しながら、今日は椅子で寝るかと腹をくくった。



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