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紫露草  作者: 九JACK
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八輪目

 助手は今日も今日とて嫌がらせを受け、室長の代わりに政府の建物に訪問に来ていた。

 受けた嫌がらせというのが予定のブッキングで、室長の予定を確認せずに国から電話を受けた研究員が国との会合を勝手に承諾してしまったのだ。室長には他の研究室の室長との会談が数ヶ月前から決まっていて、友好関係にある研究室が相手だから、信頼を崩したくないという。

 まあ、先方も室長に似た研究馬鹿タイプの人間らしいから、話も弾むのだろう。本来なら助手も同行して、先方の助手と互いの労を労い合うなどをしていたから行きたかったのだが……

 国からの信頼など一欠片もないであろうことはわかっているが、大事なスポンサー様である。無下にすることもできない。

 というわけで国からの呼び出しに室長代理として助手は向かった。




 当然会談では、呼び出した国側から批判が相次いだ。我々が呼んだのは室長だぞ、何故代理なんだ、とか、スポンサーからの依頼を蹴ってまで行く価値のある用事はなんだ、とかもう不平たらたらである。

 助手は半ばから聞くのをやめ、反論した。

「半年も前から組まれていた予定と、一日前に突如押しつけられた予定と、皆様なら一体どちらを重んじますか?」

 すると、一同を黙らせることに成功した。こういう予定のブッキングは慣れたもので、助手はそんなことより話を進めましょうと言った。国からの不満を「そんなこと」扱いである。助手も室長の辛辣さをああだこうだ言えないくらいに育ってきている。

 国との会合はいつもながらに面倒だな、と思いながら、押しつけられた依頼文書──いつぞや、生体兵器を造れと言われたときに依頼内容に欠落があったため修正したらしい──をたんまりと持たされた。ぺらぺらの紙一枚だったのが、クリアファイルの五つでも足りない分量になるとは……どれだけ杜撰な計画だったんだ、と呆れる。

 そうして歩いていると、助手はあることに気づき、立ち止まる。

 それは前から歩いてきた男性だった。スーツ姿で文書をいくつか携えている。刮目すべきはその顔。

 黒髪はよくあるとしても、淡朽葉色のその瞳はなかなか見られるものではないのではないか。その目の色、ついでに言えば顔つきも助手の目には覚えがあった。

 少し老けた印象はあるが、カタギリ氏にそっくりなのだ。

 その人物と目が合う。彼の人物は不思議そうにミルクティーのような色の目で助手を見つめ、首を傾げた。口を開く。

「大丈夫ですか? 書類が……」

 声まで、似ている。性格は違うが、ただ低いわけではない、深みのある男声。助手は呆気に取られていたが、書類と言われて手元を見る。

 どうやら、ファイル五つの書類を驚きで取り落としたらしく、もはや清々しいまでに廊下に散らばっていた。こんな量になるなら、何故製本しなかったのだろう、という今更ながらの疑問が頭をもたげる。いや、そんなことよりも拾わなくては。

 すみません、と軽く謝ってからしゃがみ、助手は床に散らばった書類を掻き集めた。一応依頼文書なので、丁寧に。そこにカタギリ氏によく似た名も知れぬ御仁が手伝いに入ってくれて、助かった。

 世界には自分と瓜二つの人物が三人いるという。もしかしたら、この人はカタギリ氏のそれなのかもしれない。ドッペルゲンガーというのだったか。

 結局最後まで手伝ってくれたその人は、ぺこりと頭を下げた。どちらかというと、礼を言うべきはこちらなのに。

 これも何かの縁だと思って、助手は戯れに名前を訊いた。

有瀬(アリセ)と言います」

「アリセさんですか。ありがとうございました」

 カタギリ氏と声は似ているが、口調が柔らかい分、少し高いトーンにも聞こえる。不思議な人だ、と思いながら、ネームプレートを一瞥した。

 国で働く職員には決まって所属の書かれたネームプレートがつけられている。政府の建物内にいるのだから、どこぞに所属しているのだろう……と思いきや、そこには「有瀬尽」という名前しかなかった。

 ……もしかして、都市伝説の秘密部署の所属だろうか。

 この国にはブラックな部分が多いため、黒い噂というのは立ちやすいものなのだ。その中に秘密部署というのがあった。特に研究者の間で有名な都市伝説だ。──違法な研究を隠すために設けられた部署、という。

 ただ、都市伝説レベルに信憑性の薄い話であるため、助手はまさかね、とスルーした。大体、そんな重要度の高い部署の人間が、こうして気楽にその辺を歩いているわけないじゃないか、と一笑に伏した。笑ってはいないが。

 ともかく、依頼文書を早く持ち帰らなければ、と手短に言葉を交わし、その場を去った。




 来るカタギリ氏の記憶抽出実験の日。

 助手はアリセ氏のことが気になってはいたが、今集中すべきはこちらだと意識していた。

 記憶喪失のメカニズムなどを研究している研究室。ここも室長と仲のいい研究室だ。以前造った人造人間(フランケンシュタイン)の人工知能を造る際にも世話になったというのはまだ記憶に新しい。

 人間の記憶、思い出、それの喪失や復活のトリガーを統計で調べているこの研究部門のデータから、より人間らしい人工知能を造り出した室長のアイディアには誰もが度肝を抜かれた。結果、そんな人工知能を積んだ人造人間(フランケンシュタイン)は兵器なのに武力搭載機構を載せ忘れて廃棄もできずに廃墟に住ませているが。

 それは置いといて、カタギリ氏の記憶を取り戻す実験である。白くて丸い人間は裕に入るであろうカプセルを見せて、被験者であるカタギリ氏に「どうぞお入りください」と。いやいや、怪しすぎるだろう。案の定、カタギリも怪しんだようで、訝しげにここの研究室長を見つめる。

「これは安眠カプセルと我々が呼んでいるものです。カプセルに入り、軽い催眠状態になっていただきます。もちろん怪しい薬などは使いません。まあ、催眠といっても半分眠ってもらうって感じでしょうか。その状態だと、無意識領域に問いかけやすい状態になるので、無意識領域に隠れた貴方の記憶も引き出されるといった寸法です」

「そのときの記憶はどうなる?」

 当然の疑問だ。カタギリ氏とて、自分の過去を知りたいのだから、「眠っているため記憶に残りません」では意味がないのだ。

 それもご心配には及びません、と記憶研究室長は手を打つ。

「眠っている状態から徐々に意識を起こしていけばいいのです。元々半分は起きているのですから起こすのは簡単。けれど、精神錯乱を起こさないためにゆっくり段階を踏んで起こすことで、トラウマも受け入れやすくなる仕様になっています」

 催眠とは科学もとうとう非科学(オカルト)に進出し始めたのか、と助手は微妙な顔をした。まあ、この室長が安全だと言っているのだから、信じるより外ない。

 渋々だが、カタギリ氏も承諾し、中に入った。

「寝心地は確かによさそうだな」

 カプセルを埋めるクッションにカタギリ氏がそう感想をこぼす。記憶研究室長が「いいところにお気づきになられましたね!」と何かしらのスイッチが入った風に見えたため、助手は「早速始めましょう」と話をぶった切った。

 カプセルが閉まる直前、カタギリ氏と目が合い、助手は首を傾げた。やはり淡朽葉色はアリセ氏を彷彿とさせた。

 そんな助手の疑念はよそに実験は開始された。



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