表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫露草  作者: 九JACK
13/14

十三輪目

 それから私がやったことと言えば、存分にワーグナー女史を利用させてもらった。カタギリ氏に繋ぎをつけてもらい、いい具合に失墜した国を叩きのめす算段をつけてもらうために。

「……お前は、それでいいのか?」

「ああ」

 カタギリ氏の問いに、私は即答する。そう、ワトソンくんの仇を討つということは、国を本格的に敵に回すということ。今はもう、間を執り成してくれたワトソンくんはいない。だから、ただでは済まないだろう。ワトソンくんが復讐を望むかどうかはわからないが、復讐とは死んだ人間のためにやるものではない。生きている人間のためのものだ。

 そう告げると、カタギリ氏は少しだけ眉をぴくりと動かし、頷いた。

「……お前がそれをわかっているとはな。それなら、いい。俺とて、トウルを殺した国に思うところはある。有瀬尽という存在も、気がかりだ。国を陥れることに異論はない。だが……お前の研究室はどうするつもりだ?」

 カタギリ氏の疑問はもっともだ。国を敵にするにあたって、最大の問題とも言えよう。

 それは私なりに考えていた。その上で、カタギリ氏に交渉に来ている。


 研究室に帰ると、どこかそわそわした雰囲気が漂っていた。それは、ワトソンくんがいなくなったからだろう。だが、その死を悼んでいるわけではない。

 室長助手。ワトソンくんがいたその地位が誰の手に渡るのか、気になって仕方ないといったところだろう。笑わせてくれる。

 そう思いながら、全研究員に召集をかけた。こういうのを鶴の一声というのか。私が呼び掛ければ、研究員たちは一分とかからず会議室に集まった。

 全員いるのを確認してから、私は口を開いた。

「これから、重要な話をする。質問のある者は遠慮なく挙手するように」

 すると早速挙手する者がいた。当てると、いきなりそいつは地雷を踏んだ。

「それは室長助手についてのことですか?」

 私は苛つく。その感情を隠すことなく、ぶっきらぼうに「ああ」と答えた。あながち間違いではないからだ。だが、と続ける。

「お前たちが期待する『次期室長助手』の話ではない。我が研究室の室長助手はトウル・ワトソン以外いない。つまり、端的に言うならこれから話すのは『この研究室の解散』についてだ」

 どよめきが走る。無理もないことだろう。突然リストラされるようなものだからだ。

 無論、これまで丁重に扱ってきた職員だ。再就職先の宛てもなしにこんな宣言をするほど私は無情ではない。

「研究を続けたい者は新しく研究室を開け。新しいクライアントとの話はつけてある」

「室長、新しいクライアントとは?」

 当然の質問だ。我々はこれまで国という安寧の中にいたのだから。そこからクライアントを変えるというのは普通ならおかしな話だろう。

 だが、変えなければならない理由はある。その理由は単純だ。

「私が国に喧嘩を売るからだ。お前たちに責任が問われないよう、本日研究室を解体する」

「それは、ワトソン氏が殺されたからですか?」

「その通りだ」

「室長助手がいないのが困るのであれば、新しい助手を室長が選べばいいだけなのでは?」

 その疑問に私の中で何かがぶちりと切れた。

 私は見ていた。ワトソンくんが研究そっちのけで我々の代わりに書類仕事を片付けているのを。予定のブッキングの埋め合わせに奔走していたのを。私の無茶苦茶な言動をフォローしていたのを。目上の者がやらなくていいはずのお茶汲みをやっていたのを。

「お前らは、ワトソンくんがやっていた全てを、そのままに、できるというのか? お前らに一体何ができる? 身を呈してまで私を守り死ぬことができるのか!?」

 激情を抑えることができず、怒鳴り散らすことになってしまった。室内がしんと静まり返る。誰も私の問いに答えなかった。それが答えだ。

「私は身勝手にトウル・ワトソンの復讐を行う。彼を殺したのは国だ。動画は見ただろう? 国が卑劣な手を使ってくることは容易に想像がつく。私はジョーカーとなり得るものを切り捨てていくことに決めた。それが研究室の解散だ」

 誰かが息を呑む。私も一息置いて、それから落ち着いた声で告げる。

 最後に、室長らしいことを一言くらい言っておこう。

「私の一生命学者としての頼みだ。生命学という学問の道を閉ざさないでくれ」

「室長、ならば我々も共に」

「さっきも言ったはずだ。お前らに室長助手と同じことができるか?」

 沈黙の後、ちらほらとできますという声が聞こえる。……私は最後の手札を切らざるを得なかった。

「言っただろう。生命学という学問の道を閉ざさないでくれ、と。それに……

 もう自分の代わりに誰かが死ぬのは、見たくない」

 目の前で倒れたワトソンくんの姿が蘇り、自然と目頭が熱くなる。もう駄目だ、と判断し、私は話を切り上げる。

「新しいクライアントは××製薬という企業だ。ここに詳細を置いていく。意志のある者は取っていくといい。私の名を出せば、すぐに繋ぎをつけてくれるだろう」

 そういうと、私は会議室から出て、研究室を出ていく。


 もう二度と、あそこには帰らない。帰れない。

 ワトソンくんがいない研究室になんて、いる意味がないから。

 夕暮れは近いが空はまだ明るい。東方に蒼白い月が見えた。

 ああ、ワトソンくん、月が綺麗だよ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ