十一輪目
まさか、メモ用に持ってきていたこの日記帳がこんな形で役に立つなんて思っていなかった。
今日は国との会合の日。いつも通り、室長が何か仕出かさないか、冷や冷やしていたんだ。
お茶汲みは国側の人間がやってくれるというが、やはり習慣か、助手として給湯室に向かってしまう。
そこで目撃した。黄色い二つ取っ手のついた珍妙な柄のマグカップに政府の誰だかは知らないが、お茶汲み係が何か薬を入れていた。
黄色い二つ取っ手のついた珍妙な柄のマグカップなんて持っている人は二人といない。エリサ・クリスティ室長しかいない。よって薬の混入されたあれは、室長のだ。
大方、国が傍若無人な室長の対応に対処できなくなってきたから、始末してしまおうとでも考えたのだろう。碌な薬ではないにちがいない。
だが、そんな思惑を易々と叶えさせてたまるものか。助手には助手のプライドがあるし、僕にはトウル・ワトソンとして、室長を、エリサ・クリスティを守りたいという気持ちがある。想いがある。
室長のマグカップの珈琲は、僕が飲む。それで僕の身に何か起こったのなら、それは確実に、国がエリサ・クリスティに危害を加えようとしていた証拠になる。そしてこの日記もその役割を果たす。
本当は、そんなことにはなってほしくないけれど、僕はそのもしものときのためにこれを書き記しておく。これが誰の手に渡るかわからないが……これを手に取った人が、思ったように行動してくれればいい。
別に、国を陥れる必要はない。ただ、国が一人の人間を殺そうとしたことを誰かに伝えてくれれば。
時間がない。誰か日記を託す人を、と思ったら、彼女がいた。これを室長に渡したら何を仕出かすかわからないから、僕が個人的に信頼のおける彼女に託そうと思う。
まさか、彼女が三足の草鞋を履いているとは知らなかったが、都合がいい。
彼女の僕に向ける好意を利用しているようで悪いけれど、彼女なら、僕の思いを蔑ろにはしないはずだから。
彼女には止められた。止められたということはやはり、碌でもない薬物が混入されているということだろう。
悲しげな彼女には悪いけれど、僕はこれからする自分の行動を変えるつもりはない。
譬、室長が僕をただの助手としか思っていなくても、室長は僕の守るべき人で、守りたい相手だから──
月が綺麗ですね、室長。
最後のページだけ、走り書きで読みにくい。