馬鹿と噂
結局、私は学校を早退しました。
保健室に行き、顔色が悪いと先生は私を家に帰してくれました。
学校からそこまで距離がない位置にある私の家です。一人で歩いて帰ることになりました。
帰り道、洗濯物を干し終えでもしたのでしょうか、あちこちで3・4人の主婦たちが輪をつくって話し込んでいます。私のことを見るとその騒々しく耳障りな声達は一転し、落ち葉と地面がかすれるような小さな声になりました。
不幸なことに私の耳は意地悪で、その会話は驚くほどはっきりと聞こえてきました。
「ねえ、あの子・・・」
「そうよ、農薬だかなんだかを使った野菜を近所へ回したって」
「下痢騒ぎが起きてるんでしょ?」
「あら、私食中毒って聞いたわ」
「誰か亡くなってるって私聞いたんだけど・・・」
「やだ本当に?」
「こわいわねえ」
農薬?何よそれ知らないわ
食中毒?死人が出てる?話がどんどん大きくなってるじゃない
会話の主たちの方を睨むと、意地汚い鴉がゴミ捨て場から去るように速足で帰っていきました。
おばさんたちが行った後も、私はその場に立ち尽くしていました。視界がぼやけてきたな、と思ったら右頬になにかが垂れました。なんだか私は、「お母さんの所へ早くいかなきゃ」と思いました。
両耳を手で塞ぎながら速足で家へと向かいました。
いつもの帰り道。いつもの家。いつもの玄関。
大丈夫、きっと家の中もいつも通り。今日のことは皆が何か勘違いをしていただけ。
開けました。地獄がありました。
まだ午前中だというのに部屋は暗く、まるで泥棒が入ったかのように荒らされ、なにやら鼻を覆いたくなる異臭まで漂ってきました。暗く辺りが見えない中で足を進めると、足の裏に痛みを感じました。食器の破片のようでした。驚いて右足を一歩前に大きく出すと、例えばプラスチックの様な「人工的な物」ではないものを踏みました。ぐにゃ、とした足裏にまとわりつく嫌な感じ。人です。もっと詳しく言えば私のお母さんです。
「お母さん!ねえ大丈夫」
返事はありません。
ねえとお母さんの腕を掴むと生温かいおそらくこれは血でしょう、私の手のひらにべったり付きました。
先ほどの異臭が強くなりました。手前に見えた、お母さんが吐いた大量の吐瀉物が原因かと思われました。
この時に流した涙が、私の最後の涙でした。