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泣き虫ヴァンパイアと狼女な彼女  作者: トキノトキオ
■第弐章 街の中のヴァンパイア
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(2)ワーキングデイズ その1


「はいはい、分かりました。しかし、ちょっと来週まで予約で埋まっておりまして……はい、はい、申し訳ありません……」


 『ペットランド~空~』の電話は朝から休みなく鳴りつづけ、スタッフは対応に追われていた。


「まったく!オーナー!なんなんですかこれは!私は電話受付担当じゃないんですよ!これじゃあ動物達の世話なんてできませんよ!」

「や、やあチカちゃんゴメンよ。彼のしつけ教室が人気でさあ~」


 小さなペットショップには、もともとオーナーのほか3人のスタッフがいた。ひとりはオーナーの奥さんで、その他の二人は女子高生のアルバイトだった。その中で活発、というよりウルサイくらいの少女、大神チカがオーナーに文句を言っていた。チカの髪は濃い目のブラウンで、眉毛は太く、見開いた目はいつも自信に満ちていた。


「それだって私に任せるって言ったじゃない!昨日今日入ったばかりの新人に!」

「しょうがないじゃないか、彼指名ってお客さんが多いんだよ」


 ヴァンパイア……とくに、純血種のヴァンパイアは獣類を統べる力を持っていた。夜に近い動物ほどその影響力は強く、犬や狼などはまさに支配することができた。もちろんイヴァンにもその力があった。しかも相当に強い。しかしイヴァンは支配することはしない。語り合い、お願いするのだ。

 その能力は、ペットショップでいかんなく発揮されたのである。

 彼の担当した『犬のしつけ教室』は盛況であり、利用した飼い主の口コミで今では、はるか遠方から参加しに来るようになっていた。


「いいわ。いいわよ。そのつもりなら……榊原さんのとこのチワワのミーちゃん。何をやっても言うことを聞かないんだよねえ。お手並み拝見!っと」

「あれ?シフトチェンジ?チカちゃん、いいの?榊原のおばあちゃんチカちゃんに会うの楽しみにしてたのに」


 チカは自分宛てに予約の入っていた少し気性の荒い小型犬の『しつけ教室』をイヴァンに押しつけてしまった。


「いいんですよ!私より能力の高いあの子に見てもらったほうが幸せでしょ!」

「らしくないなあ……なに拗ねてるんだよ。あっ!刈りすぎ!ちょっと~~~ちゃんとカットに集中して!もう、ここはいいから散歩行って来て!」


 ペットショップでの仕事は、ペットの販売と成体管理、しつけ、預かり、トリマー、獣医などが主なものだ。たいていは販売は販売、管理は管理、トリマーはトリマーと担当が決まっていたが、小規模なことも有り、能力のある者はさまざまな業務を兼任していた。

 チカもそのひとりである。チカはなんでもひと通り人並み以上にこなせたし、本人もそう思っていた。ただし、少々気が荒いところがあり、なにかあるとオーナーによく『散歩』に行くように指示された。『散歩』とはもちろん、犬を健全に育てるために散歩に連れて行くことをさした。しかし、複数の犬を同時に散歩させるには犬達を束ねる能力が必要だったし、集中力も必要だった。

 そうして事件は起こった。


「ミーちゃん……ミーちゃん?ミーちゃんがいない!」


 散歩から帰ってくるなりチカは取り乱したように叫んだ。ミーちゃんは、今回、お泊りコースでショップで預かっていたのだ。そのチワワのミーちゃんが散歩から帰ってきたときいなくなっていた。


「待て!チカ!一人で行ってもどうしようもないだろ!」


 イヴァンがそれに気がついたのは、チカがまるで台風のようにあたりをひっくり返して出ていった時だった。オーナーの制止もむなしく、チカは一人で捜索に出ていってしまったのだ。


「いったいどうしたんです?」

「チカのやつ責任を感じて飛び出しちまった。今夜は荒れるらしいし。何事も無ければいいのだけれど……」

「ボクも探してきます」


 なんとなくチカが自分を嫌っていることを感じていたイヴァンは、オーナーから話を聞いてこの件が自分のせいのような気がした。


「あ、ああ……今手が離せないから、お願いしたいところだが……大丈夫かい?」


 イヴァンはやはり対女性恐怖症があり、あまり女性と近づけないままだった。だから販売員よりも裏方の方が多かったし、チカとも間近で接することはなかったのだ。


「ええ。犬を探せばいいんですものね。それに……急いだほうがいい」


 いつの間にか外は暗くなり、雨が降り出していた。


「どうしよう、どうしよう。私のせいだ。私が気がついてやれなかったから、ミーちゃんはいなくなっちゃったんだ」


 チカは、散歩のコースを一周、二周、三周はしていた。すでに雨は本降りになっていてずぶ濡れだった。雷も鳴り出したが、チカはそれを気にする余裕もなかった。


「ずぶ濡れじゃないか」


 すると背後でイヴァンの声がした。けれど、イヴァンと知ってか知らずかチカはふりむかない。


「ダメじゃないか。傘も持たずにさ」


「……放っておいて」


 やっとのことで小さく返事はしたものの、チカはまだふりむかないでいた。


「この傘を使いなよ。この子も心配してるよ」

「ほっといてって言ってるでしょ!!! …………って…………え?」


 『クゥ~ン』という鳴き声がしてチカはふりむいた。ふりむけばイヴァンの腕の中にチワワ犬が抱えられていて、チカのことを心配そうに見上げていた。


「ミーちゃん!ミーちゃん!大丈夫だった?どこにいたの?ゴメンね、ゴメンね」


 チカはイヴァンごとミーを抱きしめた。その頬には雨なのか涙なのか、雫がしたたっていた。イヴァンはチカの肩を抱きしめていいのか、突き放してしまえばいいのか分からなかった。


「え……っと……少し……雨宿りしていこうか?」


 チカもイヴァンの提案を素直に受け入れた。

 ふたりは公園の東屋にたたずんで、雨がすぎてゆくのをぼんやりと眺めていた。ミーは二人の間にきまり悪そうに座って、ふたりの顔を交互に見上げている。


「どうしてなの?」


 まっすぐ前を見たままチカはつぶやいた。屋根をつたって落ちる雨の音がすこし大きく、うるさく聞こえた。


「犬達が教えてくれたんだ」


 イヴァンも前を向いたまま答えた。


「そうなの……いや、どうして場所がわかったか、じゃなくて……どうして来てくれたの?って意味なんだけど」


 チカは視線をおろし、そっとミーの頭をひとなでした。


「だから犬達が教えてくれたんだよ。みんなキミのことが大好きだって。だのに最近元気がないんだって。だからコイツだってキミを困らせようと隠れて帰れなくたんだってね」

「犬のため…………ってワケ……なのね……」

「え?あ、いやあ……」


 イヴァンはなぜか少し息苦しい気がして返答に困っていると


「ありがと」


 チカが言った。


「え?あ……ああ。いやあ……うん」


 『ありがとう』その一言で、イヴァンはなんとなくわかった気がしてうなずいた。理屈ではなく、計算でもなく、納得がいった気がしてチカの方をそっと見つめた。



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