(1)才能
「まったく、坊っちゃんの対女性恐怖症も困ったものですなあ。我々が陽にあたると溶けてしまうというのは都市伝説にしても、日光が苦手なのは事実ですのに」
二人はショッピングモール『アイオンモール』の外にあるテーブル席の一番端に座っていた。それは人目……というより、イヴァンが女性を避けるためだった。夜逃げの後、なんとか転がり込んだ古民家は水道も満足に出ないためショッピングモールで一日を過ごすことが多くなっていた。
「ウルサイなあ。誰のせいでこんなとこで一日過ごさなくちゃならなくなったと思ってるんだよ」
「あー!そういうこと言います?そもそもヴェルフォード家がワタクシ達を見放したのが悪いのでしょう!ワタクシは頑張ったのに、それを、それを……」
「はいはい。わかったよ。わかったから、次を探そうよ」
「ですね。あの廃屋だけは抜けださなければですよ。トイレ……和式って言うんですか?あんな辱め、これ以上は耐えられませんものね!!!」
「いや、ボクは別に気にしないけど……」
「あーーーー!そーやってひとりだけイイ子ぶる!見損ないましたよ!」
「もう、なんだよジュリアーノ。てかキャラ変わってるよ?」
「いいんですよ!もー、どうでも良くなったってことですよ!」
その日も、二人はどうでもいいことで言い争いをしながら職を探していた。
ヴァン!ワン! グルルルルラルル~~~~
すると、遠くで犬の唸り声が聞こえてきた。
「あっダグ!待ちなさい!どうしたんだ!」
「待って!待って!キャッシーどうしたの?」
ウゥ~~~
キャンキャン!キャンキャン!
バウ!ワウ! ワン!ワン!
さらに、一匹、二匹、と犬の声は増え、それらの飼い主たちが制止する声がした。
「今日はやけにウルサイですねえ~犬っコロどもが」
人間にとっては少し異常と思うほど犬達が騒ぎ始めたので、人々は我先に逃げ出していた。しかし、ふたりはさほど気にする風でもなく、座ったまま求人誌をぼんやりと見ていた。
「おい!君たち!逃げなさい!」
そこに作業着を着た男が走ってきて、2人に近づいてきた。
「ん?ワタクシに指図ですか?下等生物の人間ごときが!」
「ジュリアーノ!やめないか!どうしたんです?」
男の服には『ペットランド~空~』とかかれていた。
「犬が、ペットの犬達が急に逃げ出してコッチに向かってるんだよ!」
「なーんだ、犬っコロですか。くだらない」
「……くだらなくなんかない!犬をバカにしちゃいかん!もうアンタはいいから坊や!君だけでもさあ、早く逃げよう!」
どうやら自分のペットショップの犬達か騒ぎ出したので、それを抑えようとしていたらしい。が、抑えきれず避難誘導に回ったようだった。
「ありがとう。でも犬なら大丈夫です」
「君まで何を言ってるんだい!」
「犬は友達だから」
「……ええい!も、もう俺は行くぞ!」
「ええ、念のためそうしてください」
「あっ 手遅れだ!囲まれた!」
男が二人とのやりとりに呆れて逃げ出そうと前を見たとき、そこにはドコから集まったのか無数の犬がすでに取り囲んでいた。
「フッ 坊っちゃん。お願いします。ワタクシは犬畜生関係は苦手ですので」
「ああ……」
しかし、相変わらずヤル気がなさそうにジュリアーノはしていたし、イヴァンもとくに慌てた様子でもない。
『…… ヴィド ラ ディラ ディート ……』
イヴァンは、イヴァンを守るように前に立っている先ほどの男を手でそっと避けてつぶやいた。
しかし、何か起こるワケでもなく、ジリジリと犬達が包囲網を狭めてきた。その目はつり上がり、赤く輝いて見えた。
「あー坊ちゃん?何か伝わって無いようですけど?」
「ナ、ナゼだ?なぜボクの声が届かない?」
「坊ちゃん、もしかしたら……ですけど、日本語じゃないとダメなのでわ?」
「な、なるほど」
『お前たち!止まれ!人を襲うことは許さん!』
すると今度は、犬たちは眼に色が戻り、唸りを止めた。しかし、遠巻きに取り囲んだままで様子を伺っているようだった。
その中からひときわ大きな影がひとつ飛び出した。
「あっ 狼! じゃなくてハスキーか…… いやしかし危ないぞキミ」
男の制止にイヴァンは軽く微笑むと、ハスキー犬の前へと一歩進んだ。犬はイヴァンに頭を垂れ、静かに何か唸った。
「ああ、そうか、そうなのか。それはすまなかった。うん。皆に宜しく伝えてくれ」
イヴァンがハスキー犬に向かって何やら囁くと、やがて犬は群れの中に戻っていった。そしてしばらくすると犬達はそれぞれの飼い主の元へと戻っていった。
「何で犬たちは急に騒ぎだしたんでしょう?」
その様子を見ていつの間にか柱の影に隠れていたジュリアーノは、何事もなかったように椅子に座り込んだ。
「ボク達のせいだ、ボク達は空腹のせいで、本能を抑えることができなくなっているんだ。それに犬たちは反応してしまった」
「あー、なるほど。やはり、そろそろ潮時ですかなあ。ジェントルマンとしては本能の垂れ流しとか最低ですからなあ。エスプレッソも飲みたいですし」
「ああ……」
ジュリアーノが水を飲むのにつられ、イヴァンも水を一口飲んだ。
「き、君、い、今、犬と会話したのか?」
一連のやりとりを呆然と見ていたさっきの男もやっと我にかえった。
「それはもう坊っちゃんなら当然でしょう」
「ジュリアーノ!会話なんて、とんでもない。お願いしただけですよ。犬とは仲良しなのでね」
「そ、そうか……そうなのか…………ん?君、仕事を探しているのかい?」
男はイヴァンが手にしていた求人誌に気がつくいた。
「え、ええ。この町に来てから、なかなか見つからないもので……」
「そうか…………ウチに来ないか?ウチのペットショップに」
「え?いいんですか?」
「もちろんだよ。君には才能がある」
「なるほど……坊っちゃんには適任かもしれませんなあ。ワタクシはまっぴらゴメンですけれども」
「君は別に誘ってないよ」
こうしてイヴァンはペットショップで働くことになった。




