(2)初ノ夜
「変?」
「え?」
「部屋に入るなり、ずっと黙っているから。この浴衣姿が変なのかな?って」
「いやいやいや、す、すごいカワイイよ。すごく似合ってるよ」
「フフ イヴァンもね。浴衣が似合う外国人ナンバーワンよ」
「あ、ありがとう……」
ふたりは縁側に座り、山の麓、眼下に上がる花火を見ていた。
† † †
「いい感じでふな~私もあの真ん中にジャンピングダイ~~~ブ!したいでふ~いざッ!」
「待ちなさい!いざッ!じゃないし!」
二人のことを少し離れてジュリアーノとアヤメが見ていた。アヤメはどうしても二人のほうへ行きたくてウズウズしているようだったがジュリアーノが押さえていた。
「アヤメさん。少し出ましょうか?」
「いやいい」
「アヤメさん。少し出ますよ」
「いや断る」
「あんず飴買いに行こうかなあ」
「なに?あんず?飴?いくいくいくーーーーー!」
「なんなんですか。この子まで。ワタクシのチャーム……弱ってます?飴に負けるとか……しかし、いいんです。いいんですよ。これでワタクシのスーパーな計画は完璧なものとなるでしょう!なあに、実際、男と女の関係になりそうになったら、そこはヴァンパイア。白く投げ出された首筋を見て、血を吸いたい本能を押さえ込めるのはワタクシくらいなものですからな!ハッハッハッハッハハーっ」
「おいジリさん。なに自分に酔っているのでふ?飴ちゃんはど~こかなぁ?」
「ジュリアーノですよ!ジュリアーノ!」
ジュリアーノは少し暗い顔で、アヤメは鼻歌交じりで、屋台村まで降りていった。
「ねえジルーこれ買って?あ、あれも欲しい。おーい次郎!聞いてんの?」
「え、ええ。というか次郎って誰ですか?」
屋台の商品に夢中のアヤメに引っ張られていたが、ジュリアーノの意識はふたりを残してきた古家に行っていた。やがて古家の明かりが消えるとジュリアーノは深く微笑んだ。
「ねえねえ次郎~あんず飴あったわよ!次郎?次郎?」
アヤメが引っ張っていたジュリアーノの袖をたぐると、そこには地蔵がいた。
「ひゃっ 次郎が地蔵になっちゃった!ってダジャレ?まったくもー!ま、いっか」
しかしアヤメは特別気にしなかったという……
† † †
明かりを消した室内にイヴァンとチカはいた。山間の古家には自然があり、どこからかホタルが舞い込んできた。
「綺麗だ」
「え?ええ。ホタル……綺麗ね」
「いやチカちゃん、綺麗だね。髪も瞳も、月明かりによく合う」
「さすがはヴァンパイア。お伊達が上手なのね」
「そ、そんなことは……」
「ウソウソ。分かってるわ。イヴァンがそんなんじゃないってことは。不思議ね。あんなにも探し求めていたヴァンパイアが目の前にいるというのに」
「チカちゃん」
「本当の名は千夏よ。大神千夏。だから千夏と呼んで」
「う、うん。千夏ちゃん。千夏ちゃんはなぜヴァンパイアに会いたがったの?」
「そう、それはね。私、自分のこの体が本当に嫌だったから……ううん、今でも嫌だから……かな……」
千夏は幼いころから鼻が良かった。けれども、それだけで他のことは普通のこどもと一緒だった。しかし、やがて中学生になると自分の体臭が気になるようになった。それも夜になると匂いが高まる気がしていた。そしてある時、満月の夜。月を見上げた千夏はその能力が一瞬で解き放たれた。髪の色はたちまちに黄金色に変わり、瞳の色も月光を浴びると金色に輝いた。そして自分では抑えられない衝動が体を覆うのを感じていた。その衝動は十代の女子にはつらいものだった。なんとなくその衝動、つまりは性的な欲望の高まりの意味が分かる歳であったので、必死にそれを抑えこもうと千夏はあがいた。しかし、その衝動は日に日に大きくなり、それを押さえ込もうとするあまり、千夏の意識ははじけてしまった。昼と夜、ふたつの顔を持つようになり、夜の千夏は『フェンリル団』を組織し、衝動を闘争へと変えていったのだ。
あるとき、祖母から自分の身の上を聞かされる。隔世遺伝である人狼の血を千夏が受け継いでいると。同時に、ヴァンパイアだけが人狼を人に変えることができると教えられた。
「だから、ヴァンパイアが私にとっての希望になったのよ……」
「そうか……ボクがそれに答えられるか……分からないけれど……ひとつだけ言えるのはボクは千夏ちゃん、君が……好きだ……うん、好きなんだ」
「ん?……ええ……私も……今はヴァンパイアだとか人狼だとか関係ない。イヴァン……貴方だから……ね?」
互いの身体が重なろうとするとき、千夏の身体はビクンッと跳ね、震えた。イヴァンがその白い肩に手を回し強く抱きしめると、千夏の体は歓喜に震え、尾が生えた。
「千夏、いくよ?」
「う、うん」
イヴァンは千夏を抱きしめたまま、その尾を切ってしまった。
「んッ あ、アアアーーーーーーーッ」
それで、千夏は人間となるはずだった。
それで、イヴァンは王となるはずだった。
ジュリアーノがそうふたりに教えたのだから。
千夏の髪はどんどん色を濃くしていき、眼の色もブラウンに染まっていった。しかし……イヴァンの身には何も起こらなかった。
「さあ!イッヴァーーーン!千夏の血を吸うのです!」
ドコからともなくジュリアーノが現れた。
「ジュリアーノ?なんだって?尾を切るだけでよかったのではないのか?」
「クックックック……めでたいですなあイヴァン。我らは吸血鬼、血を吸わずして技の完了はできませんよ。それでもやはり吸えませぬか。吸えぬのでしょうなあ。では、ゴメン!」
影の者はイヴァンの手から千夏の尾を奪い取ってしまった。
「何をする!」
「嗚呼、我が主イヴァンよ。力がなければ救えない魂もあるのですよ。そして貴方はすべてを変えうる力まであと一歩というところまで迫った。しかし、自らそのチャンスを放棄した。貴方はそれで満足かもしれない。だがしかし、ワタクシには先王との約束があるのです。だからコレはもらっていきますよ。先王は約束した。ワタクシが役割を果たせば、私の妹を死の淵から救うとね。本国で病気で寝込んでいる我が妹を」
ジュリアーノは即座に外へかけ出した。
イヴァンはそれを目で追うだけだった。
「何してんの!イヴァン!追うわよ!追うのよ!とっ捕まえてけっちょんけっちょんにしてやるんだからね!」
乱れた服を直しながら千夏はすでに飛び出す体制になっていた。
「ああ……いいんだ。いいんだよ。あれはジュリアーノにとって、たぶんボク以上に必要なものなのだから。そうなのだろ?ジュリアーノ」
イヴァンが静かに語りかけるとジュリアーノは足を止めふりかえった。
「ぼぼぼぼっちゃーん!気づいていらしたのですか?ワタクシの裏切りに」
「ああ、君が本国が派遣した執事でないことは最初から知っていたさ。でもね。ボクは君が嫌いではない。そう思ったんだ。だからいいさ。君が裏切るというのなら何か理由があるのだろう」
「う、うう……あ、ありがとうございます!こ、この御恩は……忘れません」
「うん。忘れるなよ」
「ハ、ハイ!それはさておき、ではこの尻尾頂いてよろしいのですね?」
「千夏がよければボクはかまわないさ」
「お美しいお嬢様!」
ジュリアーノは今度は千夏にかしずいてみせた。
「まったく!調子いいんだから~。いいわよ。そんなもの要らないし!」
「ありがとうございます~~~」
ジュリアーノが手を3つ鳴らすと、どこからか手下が現れ、尻尾を持っていった。ジュリアーノはその場に平伏したまま動こうとしない。
「ジュリアーノ。君は行かなくていいのかい?」
「ワタクシは執事。坊っちゃんのそばを離れるわけには行きません!」
「ほんと、調子が良いやつだなあ」
「ハッ よく言われます」
その時、大きく花火が鳴り響いた。
金色の花火が空に大きな傘を描き、街の上へと降り注ぐ。
その場に居合わせた誰しもがそれを見上げ、ひとつの想いを共有していた。
ただただ、この世界は美しいのだと。
そばにいる大切な誰かの肩をたたき、声をかけ、その想いを確認していた。
「ねえねえ、イヴァン。八重歯が引っ込まないんだけど?」
しかし、千夏はひとり、他のことが気になって仕方がなかった。
「え?あれ?人間になって……ない……の?」
イヴァンはジュリアーノの方を見た。
「ええと……ワタクシはやはりしばらくお暇をいただきます……」
ジュリアーノはうつむいたまま後ずさりをした。
「ジュリアーノ!説明を!」
「ぼ、坊っちゃん。もしかすると……タイミングが遅すぎたのかもしれません。だからすこし狼成分が残ったまま固定化された」
「ちょ、ちょっと~どういうこと?」
「まあ、別にいいではないですか。そのくらいの八重歯の人間は沢山いますよ」
「そーいう問題?なんとかしなさいよ!」
「ムリですね。尻尾ないし」
「尻尾があれば戻せるのか?」
「さあ~どうでしょう」
「戻せるんだな?」
「さあ~……というかですねえ坊っちゃん。坊っちゃんが千夏さんと完全に結ばれればいいのですよ。そうすれば、王はムリでも王子くらいにはなって。なんとかなるのではないですか?」
「また、そういうことを言う!」
「まあまあ、それで……追います?しっぽ。追うならチャーター機が速いですがね。来た時と同じように」
「……あれは……ゴメンだ。また、記憶をリセットされてもたまらないからね」
「いいわ。もう、いいわよ」
「で、でも千夏……」
「ただし約束よ。二度と……ココを、ワタシのもとを離れないと」
「あ、ああ。約束するよ。我が血にかけて」
Fine