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泣き虫ヴァンパイアと狼女な彼女  作者: トキノトキオ
■第四章 夜の向こう側にあるもの
13/14

(1)真夏の夜の夢


 ドーン ドーン

  パラパラ…… パラ……


 物音にチカは目を覚ました。


「きゃっ な、なにこれ!どーいうこと!」


 チカは自分の服装を見ると顔を真赤にして怒りだした。チカは浴衣を着ていたのだ。赤地に朝顔模様の浴衣だった。


「お洋服が……ボロボロだったもので……すみませんが、この古家にあったモノを着させていただきました」

「あ、アナタはヴァンパイア!あ、アナタが私を着替えさせたのね!!!」


 チカは身体をせわしなくさすった。


「いえいえいえ。何か誤解されているようですが……」


 ジュリアーノがなんとか作り笑顔をして部屋の隅を指さした。そこにはアヤメがやはり浴衣姿でチョコンと座っていた。


「如月流総本家の如月彩芽がすっかりばっちりドッキリたっぷり千夏様の着付けをして差し上げましたのでふ!」


 と、アヤメは立ち上がろうとして裾を踏んで転んでしまった。


「アヤメ……あんたの家、和菓子屋さんじゃなかったっけ?と言うか……千夏?」


 チカは髪を撫で、自分の髪の色を確かめた。


「黄金色だわ……戻っていない……」


 ドーン ドーン  パラパラ…… 


 また音がした。遠くで花火が上がったのだ。アヤメはそれを見ようと縁側から外へ駈け出した。それを目で追いながらチカは思い出したように言った。


「そ、そういえばイヴァンは?」

「あー奥で寝てます……」

「そう……あのとき……何があったのか聞かなくちゃ……」

「その前に、ひとつよろしいですかな?」

「なによ!」


 チカはまた、襟元を押さえながらジュリアーノを睨みつけた。


「ええと……誤解はとけたように思いますが?」

「そんなことどーでもいいのよ!問題はあなたがヴァンパイアだってこと!ココであったが百万年よ!勝負なさい!」

「…………ええと……そのことなんですけど、なぜヴァンパイアにこだわるのです?というか、アナタ何者ですか?」

「な、何者って、ただの女子高生でしょ。ちょっと容姿が淡麗なだけの……」

「ほほう……なるほど。とりあえず処女ですか?」


 バチンッ!


 素早い動作でジュリアーノの頬に張り手が飛んだ。


「お、お見事。なかなかワタクシの頬を叩くなどできないのですがねえ。ま、その様子じゃ、間違いなさそうだ」

「な、何が間違いないのよ!」

「いえいえ、こちらの話なのでお気になさらず」

「こっちが気になるのよ!」

「まあ、そうでしょうかねえ。ではひとつだけ教えて差し上げましょう。貴方の言うとおり、ワタクシはヴァンパイアです!」


 といってジュリアーノは笑い、糸切り歯を見せた。


「やっぱね。やっぱアンタはヴァンパイア!これで、これで人間になれるわ!」

「ほほうやはり、貴方にチャームが効かないようですな。そして、今、人間ではないと?そうおっしゃいましたね」

「う、ウルサイわね!言葉のあやよ、ハ・ズ・ミ!」

「では質問を変えましょう。貴方、狼男ですか?」

「はぁ?何ってんの?男のワケないでしょ!あんたバカなの?私は女よ!だから狼少女よ!」

「まいど」


 ジュリアーノはニヤリと笑った。


「はっ!ハメたのね!か、仮に狼女だったらなんだっていうのよ!」

「いや別に。ただ、珍しいなって思いましてね。絶滅種という噂でしたのに。しかし、貴方が人狼であり、人間になりたいというのなら、お役に立てるかもしれませんよ?」

「え?」


 それからふたりは何やら話し込んでいた。


「出来そうですかな?」

「で、出来るわ。や、や、やるしか無いというのなら…………」


   †   †    †


 その頃、イヴァンも隣の部屋で目を覚ました。ぼんやりと外を見ているその顔に、時折打ち上がる花火が色を写した。


「あれは……なんだ?あの光は」


 ジュリアーノが入ってくるのに気がつくと、そちらを見るでもなく言葉が漏れた。


「花火、でございますよ。お坊ちゃん」

「花火……かあ……」


 しばらくのあいだ、イヴァンは花火を無心で見ていた。そして思い出したようにつぶやいた。


「ジュリアーノ……あれからどれくらい経った?」

「あれから三日三晩は寝ていましたな」

「そんなにか……チカちゃんはどうした?」

「ふたりとも、互いのことが心配のようですなあ。チカさんならお隣で坊っちゃんのことをお待ちですよ」

「チカちゃんが……ここに……いる……」


 イヴァンは鼓動が高まるのを感じ心臓に手をやった。


「坊っちゃん。チカさんのことが好きですか?」

「な、なにを急に」

「いや、もし本当に、心の底から好きなのであれば、ひとつお話したいことがあります」

「何をあらたまって……言ってみろ」

「坊っちゃんは、我らヴァンパイアの一族を救いたいとまだ思っていますか?」

「当然だ」

「だが、血は吸えない?」

「あ、ああ」

「ではどうなさいます?もし我がヴァンパイアの一族が蘇り、人間の生き血を吸い出した時、坊っちゃんはそれを許せるのですか?」

「そ、それは……」

「おそらく、坊っちゃんが人の血を吸えない理由は、坊っちゃんがかつて封印された理由と関わりがあるのでしょう。しかし、今、それを探る余裕はない。ヴァンパイア一族が死滅した後では遅いのです。そこで、坊っちゃん、もう一つの方法です」

「いいから早く言え」

「分かりました。いいですか、坊っちゃん。驚かずに聞いてください。チカさんは人狼、狼少女なのです!」


 ジュリアーノはもったいつけたように手を広げ、大げさな動きをした。


「そうか」


 が、イヴァンはとりたてて驚いた様子を見せなかった。


「あれ?少しは驚いてくださいよ。ここ重要なとこなんですから」

「相変わらずめんどくさいなあイヴァンは。なんとなく……分かっていたんだよ。で?チカちゃんが人狼なことが関係あるのか?」

「ふっ ふははははは 関係があるかですと?もう、関係ありすぎちゃって涙がちょちょぎれるくらいなレベルなのでございますよ!」

「……で?」

「あ、なんか坊っちゃん今冷たい目をしたでしょう?」

「いいから早く!」


 渋々、ジュリアーノは説明をはじめた。


 ヴァンパイアは人の血液から生きるためのエネルギーを得る。それに対して人狼は月明かりからエネルギーを採取するという。だから、人狼と交わりその能力を取り込むことで生き血を吸わなくとも生存できる新しいヴァンパイアが生まれる。そうジュリアーノは言うのである。


「そ、そんなこと……できるのか?」

「理論上は」

「交わり……」


 イヴァンは思いつめたような顔をした。するとジュリアーノはこれ以上ないような優しい顔をイヴァンに向けた。


「坊っちゃん……いや、イヴァン・D・ヴェルフォード様。ヴァンパイアは……いいえ、人も、もちろん人狼も、ひとりでは生きていけない。いずれ誰かと結ばれるべきなのです。もし、人生で一度きりのタイミングを逃してしまえば、後悔は一生続きます。とくに我らヴァンパイアの後悔は永遠となるのです。私のようになりたくなければ、イヴァン、貴方は決断せねばなりません。それに……」

「それに?」

「チカさんもその気のようですよ?」

「な……」


「では参りましょう。チカさんの待つ部屋へ」









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