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泣き虫ヴァンパイアと狼女な彼女  作者: トキノトキオ
■第三章 ヴァンパイア殺人事件
12/14

(4)満ちた月


 ーーー 翌日 ーーー


「えーーーーっ!いや、はい~そうですか~いや。はい分かりました。なんとか……します」


 カチャン


「どうしました?オーナー」


 閉店間際の電話に慌てた様子のオーナーに向かってイヴァンが尋ねた。


「ああ、吉田さんとこのミミちゃんが、急に吐き気をもよおして震えが止まらないんだそうだ。行ってやらねばならん……が、今日はほら夜間預かりのお客さんもいるだろ?あの変な外人のネコ。イヴァン君の友達だっけ?」

「ああ~あの色白の金髪のヘンタイ男ですね。知り合いなだけです」

「まあ、そーは言ってもお客さんは、お客さん。誰か居ないといけないんだ。母さん呼び出すか。こんな月のまあるい日はチカちゃんは絶対こないからなあ」

「ボクが留守番しますよ」


「すまんな~終わったらすぐ帰ってくるから、それまで頼むよ」

「天気も荒れそうなので、無理せずごゆっくり」


 マスターを送り出すとイヴァンは明かりの消えだしたショッピングモールの中へと入っていった。


    †   †    †


「いい?ふたり一組で何かあったら連絡するのよ!」


 それぞれの店舗の従業員たちも去り、あとは警備員と一部夜勤の店のスタッフだけ、となった頃少女たちがドコからともなく集まり、店の周囲に散らばった。『フェンリル団』だ。自分たちのせいでこれ以上犠牲者が出ないよう、総動員されたのだ。


 しかし…………


「アスカ?アスカ?応答して!」

「サユリ?ヨーコ?チエ?」

「だ、ダメ……誰からも応答がないわ」


 あっという間にほとんどのメンバーからの音信が途絶えてしまった。


「なぜなの?念のため十字架まで用意してあるというのに」


   †   †    †


「ふんっ 十字架など効くものか!」


 闇の向こう側から少女たちを見つめる影があった。


「いくら坊っちゃんの依頼とはいえ、これではワタクシはハーメルンの笛吹き男のようじゃないですか!」


 影の正体はジュリアーノだった。ジュリアーノの背後には目がハートマークの少女たちが群れをなしていた。ジュリアーノがチャームを使いあっという間に少女たちを虜にしてしまったのだ。


「し、しかし……これはこれで……キツイですな。今宵は満月、力のセーブをしないと……逆に襲われかねない……それだけは……それだけは避けなければ……坊っちゃん……いつまでもは持ちませんゾ?」


   †   †    †


「もう行くしかないわね」


 千夏たちは予め用意してあった合鍵を使って建物の中に入っていった。


「きゃっ」

「や!」


 しかし、扉を開けた瞬間、千夏のそばにいたツインテールもアヤメも何者か黒い影に捉えられ、闇の中に引きずりこまれてしまった。


「な、なにココは!ココは……ショッピングモールの中なんかじゃない!」


 千夏の声が響いた……


   †   †    †


「どういうことだ!?チクショウ!なぜ千夏さんは消えたんだ!」


 建物の中にいてずっと様子を見ていたイヴァンが叫んだ。


「たしかに鍵を開け、入ってきた……そこまでは見えていた。しかし、つぎの瞬間、消えてしまった。まずは前後左右の取り巻きが、そして千夏さんが……跡形もなく闇の中に……」


 ヴァン! ワン! グルルルルルルルルルゥウウ


 ペットショップの犬たちが騒ぎ出した。


「お前たち……お前たちもいっしょに探してくれるというのか?」


 駆けつけたイヴァンが語りかけると、クゥーンと犬たちが唸った。


「そうか、すまない。すまないが頼んだぞ」


 犬たちが放たれ、モールの中を走り出した。


   †   †    †


「クックックック ハッハッハッハア! これはこれはこれは本当に驚きましたぞ!」 


 闇の中心から声がする。湿った闇の底に絡みつくような声だ。


「噂を聞いて、もしや?と思って遊び半分に狩りを始めましたが、どうやら大物がかかったらしい」


 声の前には千夏が立っていた。


「離しなさい!その子たちに何をしたの!」


 昼間であればイベントが開催される中央ホールに声の主はいた。そして、その背後には千夏の仲間たちが、あられもない姿で吊られ、縛られていた。気絶しているのか目を閉じたままだ。


「な~にもしていませんよ~今のところはねえ~ キッシッシシ」


 男は闇の中の椅子に足を組んで座っていた。それが今、足を組んだままの姿勢で浮遊するように起き上がった。男は、青白い顔に赤い髪がペッタリと張り付いている。肩の張った紫色のスーツを着て持ち手が骸骨の手の模様の杖を持っていた。ニヤけた口の隙間から見える色は不自然なほど赤く光っていた。


「ただ~~~し!彼女はお腹が減っているようですがねえ~」


 シュルシュルシュルゥ~~~~

   シャッ シャッ シャッ 

 ジュジュワー ジュジュワー 


 何かが擦れるような音と溶けるような音がしたかと思うと、天井の一番上の方から何かがゆっくりと降りてきた。


「な、なんなのよ~これ」

「これとは失礼ですなあ。彼女は気が短いのでね。お友達の頭をガブリとやってしまうかもしれませんよ~」


 それは巨大な蜘蛛だった。見えぬ糸を四方に張り巡らせ、『フェンリル団』の仲間たちを吊り上げていたのだ。口には二本の大きく鋭い牙が光っていた。


「首筋の二本の刺し傷……この蜘蛛だったのね。ヴァンパイアなどではなく!」

「えーえーそうですとも!どうも貴方達の一味はヴァンパイアにご執心の様子。だからひとつ芝居をうったというわけでございますよ」

「アンタ……蟲使い?だったら早く仲間を解放しなさい!」

「クックック だーかーらー!そんなワケにはいかぬと言っているのですよ!まあ、貴方しだいですがね」

「何が私しだいよ!いいから放しなさい!」

「あーいいんですか?私にそんな口きいて。結構このクラスの蟲はコントロールがむずかしいのですよ?ワタシのヤル気しだいでは彼女はお終い」


 蜘蛛がまた降りてくると、アヤカの頭の上に大きく口を開けた。真っ赤な口が闇の中に開いている。


「わ、わかったわ!何をすればいいの?」

「最初からそ~言っていればいいのですよ。まずは、さあこのホールの中央にどうぞお進みください」


 蟲男がサッと右手を払うと、さっきまで座ってた椅子も、囚われの少女たちもフワリと背後に飛び退いて空間ができた。ホールの床には丸いモザイク画が描かれていた。その真ん中に千夏は進んだ。真上の空間には巨大な蜘蛛が貼り付いていた。


「進んだわよ。さあ、仲間を離して!」

「まだですよ。決まってるでしょう?さあ、次はその偏光メガネを外して可愛いお顔をよく見せてください」

「くっ」


 千夏はためらった。


「さあさあ、お早くなさい。さもないと……」


 吊られたアヤメの首に巻きついた糸がきしみ、アヤメが苦痛の表情を浮かべた。


「わ、分かったわよ!」


 千夏は一度上を見たあとメガネを外した。瞳は金色に輝いている。


「クックックック はっはっはっは なぜためらった?キサマは変わっているのう。本当に私はラッキーだ、キサマが恥なんてモノを守っていなければとても敵う相手ではないのだから!」


 先ほどの男の声に混じって甲高い女の声が聞こえた。方向がわからないが、ホール全体にその声が反響した。


 ガタリッ


 するとさっきの男が突然倒れた。まるで……そう。文字通り糸が切れた人形のようにだ。


「蜘蛛!アンタが本体ね!」


 千夏は頭上を見上げた。見上げてしまった。


「かかったな!」


 上にいた蜘蛛がたちまち散って霧のように消えてしまった。


「ウ……ソ…………」


 そこには、天井には、大きな天窓があいていた。そのさらに上、上空にははちきれんばかりに膨らんだ月が輝いていた。


「キャーーーーーッ  イヤイヤイヤイヤーーーーーッ」


 千夏はうずくまり叫んだ。


   †   †    †


 ヴァン!ワン!ワン!ワン!


 犬たちが吠えながらいっせいに一つ方へ走り出した。ホールへ向かって。


「そっちか?そっちにいるのか?千夏さん……いや、チカちゃんは」


 イヴァンも犬の後を走った。そのスピードはすざましく、軽々と犬たちを追い越してしまった。


「なんだこれは!」


 ホールについたが、そこは真っ黒で巨大な繭のようなモノで覆われていた。


「か、固い」


 イヴァンは力の限り繭を殴った。その黒繭は薄く、透けてさえ見えるのに割れるどころか、イヴァンの拳の皮を剥くだけだった。


「キャーーーーーッ」


 そのとき、千夏の叫び声がした。


「チカちゃん?」


 イヴァンは繭に顔をつけ、向こう側を伺った。するとチカが天井を見上げ呆然としているのが見えた。視線を追ってイヴァンも天井を見た。そして月を……見た。


「イヤイヤイヤイヤーーーーーッ」


   †   †    †


 チカはうずくまると、そのカラダがワナワナとふるえだした。


「クックックック さあ、早く姿を、本当の姿を見せるのよ!そして……それを私が……」


 蜘蛛の本体が奥からのっそりと姿を表しチカに迫った。

 その時


 ガッシャーーーーーン …………


 天窓が割れガラスが飛散る。

 何者か、その開いた天窓から舞い降りた影がチカの上を覆う。

 するとガラスの破片がその上に跳ねた。

 闇の者の顔は影となり正体が分からないが、目が赤く輝いていた。


「な、な……キサマは何者だ!」


「我は闇の王なり。現世の縁により、蟲よ、オマエを屠らん」


 影が懇親の一撃を蜘蛛に繰り出す。


「ふっ 誰だか知らぬが、そんな力任せ通じないわ。私はそのメス犬を食べて進化するのだから!」


 蜘蛛は避けるでもなく、正面で拳を受けた。

 拳が突き抜けた。かと思ったが、蜘蛛はまた散り散りになって一気に闇の者にとびかかり包んでしまった。


「ハッハッハッハー  まぬけめ!生まれて数百年、蟲の支配者たる蜘蛛一族を舐めたのが運の尽きだ!」


 まるで真っ黒にうごめく蜘蛛ばかりのカタマリとなったその中心で光が起こった。

 その青白い光は蜘蛛球にヒビを入れ、突き破った。


「ななななな、なんだと!!!私の子供らが!私の命が!!!消えて……しま……う」


 まるで小さな龍と化した雷槌はホール中を駆け巡り、散り散りに逃げる蜘蛛を一匹残さず打ち、焼きつくしてしまった。


 バタバタン……


 囚われていた少女達も次々に地面に落ちた。

 そしてしばらく静寂があたりをつつんだ。


「チカちゃん……チカちゃん……」


 千夏……チカの背を叩く者がある。


「誰?あなたは誰なの?」

「ボクだよ。イヴァンだよ。チカちゃん大丈夫かい?」

「イヴァン?チカ……私は…………え?いや、み、見ないで!」


 チカの服の背中は裂け、肩が見えていた。

 そして……

 そして、スカートの下から、尾が左右に激しく揺れているのが見えた。


「わ、わたし、私は……イヤ、イヤ、イヤ、イヤーーーッ」

「大丈夫。もう心配しなくてもいいよ。月は隠してしまったから。もう何も心配しなくていいんだ」


 イヴァンがチカの肩を抱えると、チカは目を閉じ気絶してしまった。


「驚きましたな」


 そこにジュリアーノも現れた。


「まさか、人狼だとはね。人狼の身体はあらゆる部所が薬になるといいます。坊っちゃん……今日は狼鍋ですね!」


 バシんっ!


「あ!冗談ですのに!もうカミナリやめてください!って、坊っちゃん?坊っちゃん!」


 イヴァンも倒れてしまった。


「もう!何寝てるんですか!こっちも一大事ですのに!」


 やがて遠くからドタバタと足音がした。

 ジュリアーノをめがけ、血走った目で女達が迫ってきていたのだった。


「もう!しょうがないですね!逃げますよ!」


 ジュリアーノはふたりを抱え上げ、逃げた。その腕の中から、チカは薄く目を開け、一度ジュリアーノを見上げたが、また気を失ってしまった。


 やがて月にかかった雲があたりを覆い尽くしていった。







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