(3)闇に潜みし者達3
「報告を!」
とある店の奥で声が響いた。千夏の声だ。なるほどチカと同じ顔をしているが髪の色、表情……雰囲気が異なった。今日は薄く色の入ったメガネをしていた。
「ハイ!情報によりますと死体ににぎられていた文字は一人目が『F』。二人目が『E』。そして『N』、『R』、『I』……」
「それに『R』がくれば……」
「そうなんです。全部つなげると『FENRIR』。フェンリルと読めないことも無い」
その店には数人の少女が集まっていた。アヤメの姿もある。近くではあるが別々のテーブルに座っている。
「そ、それじゃあ。私達が狙いなの?」
「かもしれません」
「それに、襲われてる場所が、学校……喫茶店……路上……コンビニ……という順なのです」
別の者が言った。
「それが何か関係あるのでふ?」
アヤメにはサッパリだったが数人は気づいていた。
「それって、今年に入ってからウチらが狩った場所じゃない」
「そうすると……つぎは……」
「ショッピングモール?」
「どこのよ?ショッピングモールなんて多いいじゃない」
「それが……最初のは学校って言っても地方の廃校だった。それが、喫茶店はウチラが狩ったのと同じチェーン店だった。路上のケースは同じ街、コンビニは同じ街の同じチェーン店……」
「近づいてるってわけね」
「ハイ」
「すると……つぎは……」
「アイオンモール」
アイオンモールとは、イヴァンとチカが働いているペットショップが入っているショッピングモールだった。
そして次がいつか?は、だいたい分かっていた。殺人は、決まって新月か満月の夜にあったからだ。
「明日の満月の夜、アイオンモールってコトね」
その場にしんみりとした空気が漂って、沈黙がしばらくつづいた。
「はいはい閉店だよー」
そんな時、店のマスターの声がした。
「えー早ーい!マスターやる気あんの?」
「パンケーキ専門店なんだから遅くまでやってたって意味ないのー」
「んもー。そんなワケないのに。商売っけないんだから」
急に普通の少女たちのようにケラケラとした笑いをこぼしながら少女達は出ていった。
「はいはい、君もいつまでもトマトジュース飲んでないで閉店ですよ」
女の客しかいない『パンケーキハウス』にひとりだけ少年がいた。彼は少女たちの一連の会話に聞き耳をたてていた。イヴァンである。イヴァンはトマトジュースを一気に飲み切るとゆっくりと外に出て、少女達の後をつけていった。
「千夏!捕まえたわよ!」
すると、ふたつ角を曲がったあたりで、別の少女が数人現れた。見覚えのある少女だ。
「あ、あれは……いつだかボクのホッペを叩いた子だ……」
そこにはツインテールの少女と、黒い服装の少女がいた。ふたりは、ひとりの人相の悪い男を連れていた。
「コイツが吐いたわ。やっぱウチらにやられた腹いせに事件を起こしたらしい」
「そう……でも……やりすぎたわねアンタら。警察につき出す……ってワケにはもういかないわよ」
メガネ越しの千夏の目が金色に光ったように見えた。
「ひ、ヒィ~~、お前ら化け物だってのは本当だったんだ、た、た、助けてくれ!俺達はあそこまでやってくれとはいってないのに……それなのにアイツときたら……」
男は逃げ出した。しかし、少女達はすぐに追おうとはしないで、微笑んでさえいるようだった。
「さあ、ハントの時間よ」
そう言うと四方へ散って行った。
「あ、アンタ、た、た、助けてくれ」
逃げ出した男はイヴァンを見つけるとすがりついてきた。
「どうしたの?というか、彼女達の言っていたのは本当なのかい?」
「なんだと!女のような顔をして!」
イヴァンの声に我に返ったのか、イヴァンを取るに足らない存在と思ったのか、男は急に本来の『自分』をとりもどして怒鳴り声を上げた。
「ああ、今ボクはとても怒っているから、その無礼を許してやれそうにない。そして、ボクの中のもうひとりのボクが目覚める前にキミはボクの質問に答えたほうがいいよ」
「ヒィッ ヒィヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
青白い光が瞬き、地響きがした後、男の叫び声が聞こえた。その声に少女たちが駆けつけたときにはイヴァンの姿はなく、男がひとりへたり込んでいた。男は死んでこそいなかったが、目を見開き、涎を垂らし、焦点の定まらぬ目で月を見上げていた。正気を失っていたのだ。
「バケモノだ……バケモノだ……バケモノだ……」
男はうわ言のようにそれだけを繰り返していた。
「誰がやったの!」
千夏の声が闇にこだましたが、みなクビを横にふるだけだった。