~降臨~
お行きなさい、行くのです
この地に留まってはなりませぬ
けしてこの地に、戻ってはなりませぬ
海を渡り、かの地で……
どうか我が一族を再興するのです
それが……それこそが……
貴方の運命なのだから……
母さん?
母さん……
でも……ボク眠いんだ
とても……眠いんだ…………
それはよく晴れた日のことだった。
突然、それまでの晴天がまるで嘘のように空が曇った。
すると、その暗雲に一点、穴を開け一基のチャーター機が抜けだした。
飛行機は静かに空港に舞い降り、いちばん外れの滑走路に止まった。
その飛行機は、特別な飛行機だった。
いや、その飛行機に積まれた荷物が特別だったのだ。
積み荷、それは……棺である。
特別、といっても、たとえば海外で死んだ人の遺体を輸送することは、さほど珍しいことではない。しかし、その飛行機は明らかに変わっていた。飛行機には、その棺以外は誰も、何も乗っていなかった。棺だけが乗って来たのだ。
やがて、飛行機が停止すると、ドコからとも無く真っ黒いリムジンが滑り、飛行機の後部へと近づいていった。そしてまた、どこからともなく現れた黒装束の男たちの手によって、リムジンカーのシートに、その西洋風の棺は運び込まれた。
「では、坊っちゃん。参りますよ」
車の運転席には金髪で蒼白の男がひとりいた。彼はバックミラー越しに棺が運び込まれるのを確認すると、かすかに微笑み、サイドブレーキをゆっくり下ろした。リムジンは音もなく、滑るように走り出す。
「それにしてもお見事というほかありませんなあ。こんな辺境の国にあっても、闇は坊っちゃんを歓迎しているようだ。このジュリアーノ感服いたしましたぞ!これは意外に早くかたがつきそうですな!ハッハッハッハ」
誰に話しかけているのか?運転手はひとしきり話し終わると、ダッシュボードに手を伸ばした。車内にはブラームスの交響曲が流れ出し、車は郊外へと進んでいった。
天を覆う黒雲は、車の前方に生まれ、車が去ると後方へと消えていった。
そう、まるで車の後を追うように。