#3
「あれ?明日じゃなかったか?家庭訪問…」
隣のキッチンから顔を覗かせて、弘志が言った。
「本当はね、明後日だったんだけど…ずれ込んだらしいのよ、日にちが合わなくて。迷惑な話よね、もう!これじゃぁ、買い出しに行く暇もないじゃないの」
舞は顔をしかめて、言う。その顔を見て、弘志が片眉を上げた。そうして‟大人‟を見上げる日織に茶目っ気のある笑顔を見せた。
“鬼みたい”
頭に手で角を付けて見せて、弘志はジェスチャーで言った。それを見て、日織はにっこり笑った。
30歳前後の、舞と弘志。どちらとも、日織とは血の繋がりはない。日織が2歳の時、舞と弘志の養子になって、それ以来4人で育てている。そう、4人である。秦也という、他に気の強い男がいる。同じ年頃で、どこかイラついた雰囲気を持った、ちょっととっつきにくい感じの人だ。でも、日織は好きだった。
大人としては面倒くさいが、彼は子供には弱いらしく、日織相手だと笑顔を見せてくれた。
「何で教師がくるんだよ、電話で済ませりゃいいだろうが」
テレビの前に座って、秦也は呟いた。それが聞こえたのか、舞は部屋を覗いた。
「仕方ないでしょ?小学生って言ったら家庭訪問あるの当たり前じゃない、ねぇ?」
日織を見て、舞は言った。
かちゃ。湯呑をテーブルに置くと、担任の教師である谷屋はにこりと笑った。
「すみませんでした。学校側のスケジュールを合わせるのが大変でして…ご都合が大変でしたでしょう、すみませんでした」
担任の谷屋は正座したまま深々と頭を下げた。
「いえ、お気になさらず」
舞は答えた。
「日織さんは随分熱心に勉強しておられます、ウサギの小屋掃除もお友達としっかりやっておられますし…」
にこりと笑む担任に、舞はほっとした貌を見せた。
「それなら、安心しました。学校がしっかりできていればこちらも言うことはありません」
担任は、はい、と言ってお茶をもう一口飲んだ。
「成績ですが…」
そうして、担任がカバンのチャックを開けて一つのファイルを取り出す。
「これが、まとめてありまして…」
舞と弘志が食い入るように担任の谷屋が見せてきたファイルを覗き込む間、ふう、と日織は独り離れて座る秦也を振り返った。秦也は、ティッシュの箱から、一枚一枚紙を抜いている。
―― 何をしているんだろう。
日織は、きょとんと見ていたが、やがて3人に視線を戻した。