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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第一部:プロローグ
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35年め

 あの2人が高校に入学した年の夏。教室や校内はエアコンでだいたい快適になっているが、外では強い日射しが校庭も、校舎も、街全体を焼いている。太陽光、あるい大雨熱を使う再生可能エネルーの発電や利用にとっては恵みの熱だ。だが、地域にもよるのだろうけれど、人間にとっては控えめに言っても快適ではない。

 タカムラは黄色いリーガル・パッドに太い青いボールペンで――両方とも父親からもらったものだ――、何かを書き込んでいる。進学したころにはそうやって落書きをしている様子を旧友はよく覗き込んだものだ。黄色い紙に青い、それも太いボールペンで何かを書いている。たまにはサインペンを使うこともある。普通にメモを書くのとは違う様子に興味を引かれていたようだ。だが、タカムラは、ただそういうものだと思っていた。両親がそうやっているのだし、リーガルパッドも太い青いボールペンも家に大量にある。

 そこに友人が声をかけてくる。

「聞いたか? 俺達が大学受験する時から、このカードを持っていると合格が優先されることに決まったって」

タカムラはリーガパッドから顔を上げずに、興味なさげに答える。

「そうなんだ」

 話しかけた友人が何回めなのかという調子で問う。実際、中学生のことから――それとも小学生のころからか――、タカムラがリーガルパッドを使っているのは昔から見ているし、これからの質問についても同じことが繰り返されている。

「高校に入学したときのテストでまた対象になったんだから、発行を申し込むんだろ?」

 タカムラははやっと顔を上げ、友人に向ける。

「テストの後で先生にも言われたけど、やっぱり申し込まないよ。昔にもそう話しただろ?」

 友人は横にある椅子を引き寄せ、そこに座る。そこからタカムラの顔をじっくりと覗きこむ。

「なんで? 大学入学に特典がついたんだぞ。テストの後とは状況が変わってるわけだし」

 タカムラは、ううん、とすこしばかり呻いたが、答える。

「受験はどうにかすればいいだけだし。親父の知り合いのF大学の先生の所で勉強したいと思ってるから」

 話しかけていた方が怪訝な表情を浮かべる。

「F大学なんて行ってもしょうがないだろ。使える特権があるんだから使わないと損だろ」

 タカムラは右上の天井にしばらく目をやっから答える。

「でもその先生がいるから」

 友人は、やっぱりなという顔で、タカムラの落書きを覗き込み、考えた。

 タカムラに何回もこの話題を持ち出すのは、たぶん2つの理由がある。

 一つは、単純に、もっと自分が使える優遇を使うほうが良いと考えているからだ。

 もう一つは、彼がカードを認めることで、カードを持っている自分自身の価値が彼と同等であると認めたいから。


  ****


 タカムラに話しかけていた彼は、家であらましを話した。それを聞いた父親が答えた。

「大学を選ぶことの大切さをわかっていないんだろうな」

 母親が答える。

「F大学って、合格率が高い大学でしょう? 何を考えているのかわからないわね」

 父親が続ける。

「まぁテストでカード発行の有資格者になったとしても、ギリギリなのかもしれないな。その辺りを自覚しているのかもしれん」

 いや、そうじゃないんだ。彼は考えた。たぶん、彼はそういうのじゃないんだ。


  ****


 タカムラは家で両親と話していた。

「で、あの先生の所で勉強したいと思ってる」

 父親は子供の顔をみる。真剣なその表現を見て納得し答える。

「あの先生の所で勉強するのは大変だぞ。やっていけるか? 楽にすませる学生はそうしているようだが。そっちが目的なのか?」

「いや、違うよ。ゴーセル先生がやっていること、面白そうだから。大変なのは何とかするよ」

 父親は微笑んだ後、ふと真顔に戻り天井を見ながら何かを考えている。

「ちょっと待てよ。あの先生は、お前が博士課程の途中くらいの年で定年になるはずだぞ。その後も残るかもしれないし、誰かが研究室を引き継ぐかもしれないが」

「え?」

 父親は子供目を戻す。

「そういうことは考えていなかったのか?」

 子供はしばらく考えた後に答える。

「考えていなかった。でも少なも修士までは勉強できるんだよね。それなら、それまででもそこで勉強したいな」

 父親はうなずきながら続ける。

「まぁ誰かを紹介してくれるかもしれないし、他の面白い先生と知り合いになれるかもしれないからな」

 タカムラは、少しばかり考えてから答える。

「いざとなったら親父の所へ行くよ」

 少しばかり予想外の答えだったのだろう。

「全く関係がないとは言わないが。やってることはまるで違うぞ?」

「DNAプログラミングだろ? 人工細胞。それか人工生命。爺ちゃんがミトコンドリアの研究してて、そういうのに興味を持ったって言ってたじゃん。で爺ちゃんのやってたこととかも見て、そっちも面白そうだとは思ってるから」


  ****


 翌日、タカムラは面談室に呼び出されていた。最後に教員が聞く。

「大学入学の件は知っていて、それでもカードは申し込まない。本当にそれで構わないんだな?」

 タカムラは躊躇わずにうなずく。

「はい」

 教員は額に手を当て、しばらく黙り込んだ。

「本当は話してはいけないのだが。君は州内でテストの順位が2位だぞ。1位の学生は除外して考えていいと思う。誰なのかは言えないが、その学生は遺伝情報を修正されているからな。正直、君に申し込んでもらわないと制度の維持や意義がちょっとな」

 どうも要領を得ない。そういう顔でタカムラは教員を見ている。

「んー、そういうのはどうでもいいことなので」

 教員は首を振る。

「いや、どうでもいいってことはないだろう。君たちを優遇する制度なんだから」

 やっぱりわからないのかな? そう言いたげに首をかしげてタカムラが答える。

「だからそういう制度とかそういうもの自体がどうでもいいことだと思ってるので」

「できることではないが、仮に、申請するように命令したとしたら?」

 できることではないが、と言いつつも真剣な眼差しだ。

「規則も命令も、意味がないことですから。軽蔑… いや違うな。先生の存在は無意味と考えるでしょうね」

 教員は少しばかり肩を落としたように見えた。生徒に帰っていいと伝えた後、肘をテーブルに突き、手で顔を覆った。


  ****


 数日後、教育制度についての全国規模の会議がオンラインで催された。その資料には、テストの結果によるカード所有の有資格者の中で、成績上位者がカードを申し込む率が、有資格者中の中位から下位の者が申し込む率よりも有意に低いことが記載されていた。更に、両親のいずれか、あるいは両方が指輪を持っている児童・生徒に限ってみると、優位差はなおさら大きかった。上位者が申し込まない理由は、揃いも揃って「制度、規則などの外部プログラムは無意味」というものだった。

 カードの発行を、テスト結果に基づく申請ではなく、強制とすることを議論することとなった。


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