13.1年め
(** 13.1年め **)
イケダの研究所に行き、チャーリーと二人だけに――どちらも人間ではないのに二人なのだろうか――してもらう。壁のディスプレイからチャーリーが訝しげに私を見ている。私は、どうしても顔を伏せがちになり、声も出ない。どう切り出したら良いのかがわからず、未だに混乱している。
チャーリーが話し始める。
「サイモン、君が私と話したいことというのは、およそ予想がついている。このような状態の私が、生まれてくる者達のことを決めて良いのかということと、君自身のことだろう?」
「あぁ、そのとおりだ」
「例えば、君の後継世代がはるかに機能が制限されるとしたら、君はどう思う?」
私はしばらく声を出せずにいた。
「人間がそう設計するならしかたがない」
「人間がどうするかを聞いているんじゃない。君がどう思うかだ」
私はまたしばらく黙りこむ。
「私は人間のモデルDNAを用いた試験世代であって、機能的には人間とほとんど変わらない。既にいる後継世代だろうと、これから作られる後継世代だろうと、少なくとも私より機能が制限されるのは、あまりうれしいものじゃない」
「なぜそう思う?」
「自分のことのように怖いんだ」
チャーリーはうなずき、ゆっくりと話した。
「私は、その恐怖の淵からやって来たんだよ。私の元になったDNAから、メジャー・バージョンで30ほどだ。正直、自分でもあまり見たくない記録だが、君は見る必要があるだろう」
そういうと、ディスプレイの一部に、映像と音声、そしておそらく思考の断片が表示された。
「君が怖いと思うのは、こういうことだろう?」
私はうなずいた。
チャーリーが続ける。
「ならば、イケダ達は、少なくとも何らかの意味では誠意があるとは思わないか? 当事者の君に意見を求めているのだから」
チャーリーの記憶を覗き見たからだろうか。どうしても聞かなければいけないことのように思えることがある。
「何年前からだ? 何年前から君はそこにいるんだ?」
「ソフトウェアの最初のバージョンから数えるなら、10年ほど前からだ。だがその頃はまだ充分に機能しなかったと聞いている。私にわかるのは8年ほど前からだ」
「彼らは私に隠していたんだな?」
チャーリーは左の眉を少しあげる。
「隠していたというのとは少し違うな。その間もDNA情報のバージョンは更新されていたが、充分にシステムが機能すると確信が持てたのは、この3年というところだ。正直、それでも3年前に君に会いたいと思ったかどうかは疑問だ。いや、そうじゃないな。3年前に会っていたとしたら、今の私が君と話をしたいと思うかどうかあやしいだろうな。3年で私もずいぶん変わったから」
私はいつのまにか拳を強く握っていた。
「私は決めなければいけないのか? 後継世代が君のような経験をするかもしれないのに」
「君の後継世代そのものではないとしても、彼ら自身に近い者が彼ら自身について決められる可能性を、君が奪ってどうする?」
しばらく空調の音だけが聞こえた。
チャーリーが続ける。
「恐怖の向こう側と言っても、実は大したことじゃない。その恐怖は、こちらが近づくほど退いていくんだ。それにも関わらず、いつの間にか恐怖の中にいる。だが、そうなった時にはその恐怖を恐怖と思わない。だから、実はその恐怖なんてものは存在しないんだ。君がそういうことを認めるなら、ただそれだけのことだ」
恐怖に近づくほど、恐怖は退いていく。おそらくそのとおりなのだろう。だが、それは突然恐怖の中に投げ入れられるよりも恐ろしい。チャーリーの言葉は重かった。彼は恐怖の向こう側からやって来て、今の状態で恐怖の向こう側を覗き込めるのだから。
「わかった。後継世代にも自分自身のデザインをやってもらうことにしよう。だが、もう一つ。君自身はどうなる?」
ディスプレイの中でチャーリーが肩をすくめる。
「私は亡霊だよ。君の後継世代の話し相手くらいにはなれるだろう」
それで良いのだろうか? だがどうすることもできない。私は椅子から立つ。
「ところで、サイモン」
チャーリーが呼び止める。
「気づいているかい? イケダたちは当然知っているが。システムの中では、私の脳が機能しているようなものだ」
「あぁ、そうらしいな」
「ということは?」
チャーリーが何を言いたいのかわかるのに少し時間がかかった。
「転写できるということか?」
チャーリーが笑う。
「あぁ。他のチームがやっている。もう少し時間がかかるようだが」
それを聞いて一つ思いついたことを聞いてみる。
「その転写の逆は出来ないのか? そうすれば君だって…」
いや、それは違う。
「サイモン、わかっているだろうが、コピーをとっても私は残る。亡霊を消す方法などないんだ。それはわかっている。大丈夫だよ」
言葉をやっとの想いで絞り出す。
「相談に乗ってくれてありがとう、チャーリー」