39年め
(*** 39年め ***)
もう何回めかになるが、カワタは依然としてあれやこれやの機器に興味津々な様子を隠さない。それは何回見ても面白いくらいだ。ファーラーもしばらく前に引退しているが、カワタが来ると言ったとたんに顔を出すと即答したほどだ。
カワタとファーラーは、ファーラーから私が引き継いで知性化をはじめているヴァルグル――知性化した犬や狼――の、DNAに基づくシミュレーテッド人格、つまりはチャーリーの犬バージョンについて話し、またバレンタイン――ヴァルグルの名前だ――とも話している。
バレンタインの容貌は、上顎と下顎が少し突き出しており、耳も顔の横というよりは上寄りに飛び出している。口を開くとよく見えるのだが、まだ牙が大きい。正直なところ、チンプとは違い、どういう方向で知性化を進めたらいいのかも手探りだ。骨格はともかく人間に近くしたが、脳やその機能についてはバレンタインと話し合いながら進めている。
横のディスプレイからはチャーリーも覗いている。
「ケニストン、バレンタインは群れについては考慮に入れなくてかまわないのか?」
カワタがこちらを振り向き尋ねてくる。
確かにそれは考えたこともある。
「ヴァルグルの習性を考えると、必要なのかもしれないとは思うが。バレンタインとも話してみたよ… 経験によって個性は出るだろうが。バレンタインはそのあたりも理解できてしまうんだ。バレンタイン自身も、群れが必要なのかどうか悩んでいるらしい」
「そうなのか? バレンタイン」
カワタはディスプレイに向き直り、尋ねる。
「私たちも群れを作る習性はあったが、バレンタインたち程ではないからね。どう助言していいのか悩んでいるよ」
横からチャーリーが口を挟んだ。
「群れがないと、何となく落ち着かない気分があるのは否定しない。ただ、今の状態になってしまうと、ネタが割れているという気持もあるんだ」
バレンタインの表情はまだ読み難いが、実際に悩んでいる様子は見てとれる。
「ふむ。私としては群れがあって、そこでどういう文化が作られるのか、どういうものが知性とみなされるのか、そういうところを見てみたい気もするんだが」
「そうか、モリヤの研究資料をカワタとゴーセルが引き継いだんだったな」
ファーラーが感心したように割り込む。
「引き継いだと言っても、私もゴーセルももう年だからね。まぁゴーセルが面白い若い奴を見付けたらしいが。近いうちに、そいつに更に引き継ぐことになるだろうな」
そんな雑談とも会議ともつかない話を一時間もしただろうか。やっとサイモンが現われた。
サイモンは皆に簡単に挨拶をすると、チャーリーの様子やバレンタインの様子を確認した。バレンタイン自身の話と、私の話をうんうんとうなずきながら聞いていく。
「まぁ順調と。そうか、脳の機能のある面ではチャーリーより変更を加えやすいのか。犬は人間と長く一緒に暮していたのだから、そういう選択が行なわれているのかもしれないな」
サイモンはディスプレイの中のバレンタインをじっと凝視めながら、ぼんやりと言った。
そう言ってからこちらに向き直ると、部屋の中を見渡す。ジャミングが行なわれていることを確認したのだろう。
「カワタにとくに関係するというか、知っておいて欲しいのだが。テスト上位の児童にも高機能バイオ・チップの埋め込みを認めることになりそうだ」
カワタは右手を顎にあて、少し考えている。
「それは義務化ではないんだな?」
「あぁ。まだね。だがいずれはそうなるだろう」
「ふむ」
カワタはまたしばらく黙り込む。
「以前も話したが。やはり、あのエージェント関連が動いているのか?」
「いや、わからないんだ」
サイモンは頭を横に振ってから続けた。
「だが、関連していると考えていいだろうな」
「何かできることはあるのか?」
「いや、カワタにやってもらうことは多分ないと思う。他の皆についても、やはりないと思う。私一人でどうこうできるという話でもなく、ただそのあたりで悩んでいてもしょうがないだろうと思うんだ」
確かに何かができるというわけでもないだろう。
「他になにか面白い話はないか?」
「他に… あぁ、さっきカワタが言っていたんだが、ゴーセルが面白い奴を見付けたらしい」
まだ確認したわけではないのだから、今の段階でサイモンに伝える必要もないのだろうが。だが、まぁ面白いことは知らせておいていいだろう。何しろ面白いのだから、それだけで伝える価値はあるだろう。
「ほお。ゴーセルがということは、ケニストン、君はもう会ったことがあるのか?」
「いや、まだだ。そのうちに見に行くよ」
サイモンもファーラーも面白そうにうなずいている。
「よし、まぁこんなところか」
サイモンが切り上げる宣言をした。
サイモンは忙しいらしくさっさと帰っていったが、カワタとファーラーはしばらく残り、チャーリーとバレンタインと私を質問攻めにした。
いい加減、疲れてきた頃に、カワタとファーラーは気軽に挨拶をして帰っていった。
私は、チャーリーとバレンタインに凝視められながら、何となく世代交代について考えていた。




