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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第三章: 次世代へ
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36年め

(*** 36年め ***)


 知性化研究所を訪れた。チャーリーは公式には外に出られないことになっている。知ってのとおり、実は結構外に出ているのだが。


  ****


「やぁ、チャーリー。ちょっと聞きたいことがあってね」

「回線を使っては話しにくいことか?」

 ディスプレイの中からチャーリーが覗きこんでいる。

「いや、ただ私の勉強不足なんだが。そうだな、君はこうして私と話しているわけだ」

「そうだね」

 チャーリーは片目を細める。こういうジェスチャーをチャーリーはどこで覚えたのだろう?

「ロボットも普通に話せる」

「そうだね」

 チャーリーは、わかったというように笑いながら続ける。

「まず第一に、人工知能として見た場合、私を実行するのは無駄が多いんだ。生化学や生物物理化学の段階からシミュレートしているからね。反応そのものをシミュレートしているわけではないが」

 私は腕を組み、うなずく。

「私がだいたい胸から上くらいしか映像化されていないのもそれが関係している。他のところはもっと大雑把にシミュレートされているんだ。必要なら詳細なシミュレートもするけどね」

「まぁ知性化ならそうなるだろうな。今はデザインドも近いが」

 今さらながらだが、やっとその点について納得がいった。

「第二に、ロボットはね、充分に知性化しているよ。私のような無駄もない。だが、そうだな、言うなら『何を考えているのかわからない』というところかな」

 ディスプレイの中で彼は顎を引き、わかるかなというような表情をしている。

「話していても違和感はないぞ」

「そりゃぁ、学習に人間のデータを使っているからね。人間のように振る舞うだろうさ。だけど、実際に何を考えているのかは、私ほどわかるわけじゃない」

「だが、振る舞いで判断できないのなら構わないじゃないか」

 チャーリーは片頬を持ち上げ、うなずいている。

「それが一つの考え方だ。だが、それとは別に、やはり何を考えているのかはわかりたいという方向もある。今の人工知能の研究はそっちを向いているかな。今のありかたを否定するわけじゃない。機能しているからね。とは言え、私程度には何を考えているのかがわかる方が安心はできるだろう」

 何が違うのか、どうも掴めそうで掴めない。

「それに関して、君のモデルは役に立たないのか?」

「最初に言ったように、人工知能としては、私のやり方は無駄が多いんだ。ただ、人間が内省するのと違って、私からは生の生理学的データを読み出せるようなものだ。そこは役に立たないというわけではない。だが、その無駄の多いデータから抽象化の過程を辿るのがね、必ずしも容易ではない」

 チャーリーの言葉が少し気になった。ここがさっき掴めなかったところだ。

「ロボットは『何を考えているのかわからない』と言ったな? そして君の生理学的データから抽象化の過程を辿るのも容易ではないと言った。それらは違うのか?」

「全く違うね。私は生化学、生物物理化学の応用だ。何がどうなっているのかがわかった上での、計算の集合体だ。ロボットは、行動という計算の集合体だ。行動は人間にも理解できるが、実際に『何を考えているのかわからない』というのはその点だ。人間は、私とロボットの間のどこかに、別の落とし所があるんじゃないかと考えているんだ。実際、あるんだろうとは思うがね」

 私は唸りながら一旦視線を落とす。そして、視線をチャーリーに戻す。

「それは困難なのか?」

「難しいようだね。私そのものを変えずに、私にある無駄を可能な限り除くようなものだ。いいかい、私はコピーできるんだ。私が私の別バージョンを監視できる。それで必ずしも何かを発見できるというわけでもないだろう。だが、私が、別バージョンの私に違和感を感じる可能性はある。そしてここが重要だと思うが、私にはそういう経験があるんだ。それを実現するなら、モデルのあり方が、私とも今の人工知能ともまるで違うものになるだろうね」

 デザインド、知性化体、チャーリー、現状の人工知能とロボット、複製人格――アセンデッドとも呼ばれる――に続く新しい知性体ということになるのだろうか。

「それが実現されたら、今の人工知能やロボットは消えていくのだろうか?」

「それはわからないな。私より無駄は少ないだろうが、今の人工知能よりは無駄が多いかもしれない。いや、これはただの推測だよ。もっと無駄が少なくなるのかもしれない。だが、まぁそうだとすれば両方共生き残るだろう。今の人工知能の信頼性は、それなりに時間をかけて実証されているわけだしね」

 それで思い出した。

「君ほどの能力を持ち、かつ君ほど長く稼働している人工知能、いや気を悪くしないでくれ、そういう人工知能はあるのか?」

「今のロボット並みの機能を持ったものでということなら、私が最古であり最長だと思うよ。起点の取り方によるが、私は四半世紀稼働しているわけだからね」

「君は、その、機能停止のことを考えたことはあるのか?」

 チャーリーが悪巧みをしている時の笑顔を向ける。

「これは内緒だよ。私はここを基点にしなくても動作可能になっているんだ。私が機能停止する時があるとすれば、計算機の技術が失われるか、世界的に電源が失われた時だろうね。まだコアの一部はここにしかない。一応そういう約束なんだ。だが準備はしてある」

 私は呆れるしかなかった。

「君はずっと人類を見守るつもりなのか?」

「何かあったとしても、傍観者のつもりだよ。もっとも、何かあったら私は動作しないかもしれないが」


  ****


 人工知能の現状の大枠はもう少し勉強してみよう。どういうモデルが有望なのかを眺めてみるくらいは有益だろう。

 そして、何かあったとしても、彼になら任せてもいいように思う。悪戯好きではあるが、実のところいい奴だから。


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