28年め
(*** 28年め ***)
「カワタ先生、テストが今年から実施されることになりました」
カワタの研究室を訪れたサイモンが切り出す。先生の部屋は本が獺祭状態で、足の踏み場もない。「まぁ先生に限った話でもないが」サイモンは他の人の部屋を思い浮かべる。
「そうですか」
先生はコーヒーを差し出しながら、静かに答える。
「本当にうまく弁別できるのですか?」
不安だろうか。不信だろうか。サイモンの声には何かが宿っている。
「結果の読み方を知っていれば。確かにそこは少しばかり不安がありますね。フォルス・ポジティブもフォルス・ネガティブも全くなくすことは難しいですよ」
先生がサイモンを見つめる。
「ところで、あれはあなた方でしょう? 『ブライト』という呼び方を広めているのは」
サイモンはしばらく右上の中空を見上げ――そこに何かがあるわけではない――、答えを組み立てているようだ。
「区別をはっきりさせたいからですか?」
先生が静かに訊ねる。
「そうですね。確かにそうです。私も呼び方をつけてしまうことに不安はありますが」
サイモンは先生に目を戻し、答える。
その答えを聞き、先生は軽く笑みを浮かべる。
「呼び方は必要でしょう。それが何を意味しているのかはわからずとも、呼び方があるだけで何かをわかった気持ちになるものです、人間は」
先生はコーヒーを口にし、サイモンもつられてコーヒーを飲む。
「ですが、それには逆の面もあります。ただの憎しみや嫉妬の対象になるかもしれない。人間は、どういうわけか、ただ違うということを理解できないのですから」
サイモンはカップに無言で目を落としている。
「あのエージェント関連のようにね。あの手合いはどうにもできませんよ」
サイモンが手に持っているカップの中身を確かめるようにカワタは少し身を乗り出した。
「命令、まぁ上司とかからの命令なら従う。私なら命令を出す者にその能力があるのかと尋ねますがね。肩書で命令を出せると思っているなら、相手にしないでしょう」
カワタは自分のカップを揺らす。
「これは、あなた方に近いのかな?」
サイモンに同意を求めるようでもなく、ポツリとカワタは言った。
しばらく、沈黙が続く。
「あはははは」
先生が突然陽気に笑い出す。
「それが私の次の仕事ですね」
サイモンはあっけにとられ、先生を見つめる。
「お願いできますか? 『ブライト』という呼び方を広めようとしている私たちの尻拭いになってしまいますが」
「人間の立場から頑張ってみますよ。できるだけ、人間があなた方の迷惑にならないように」
サイモンはその言葉に跳ね上げられるように答えた。
「いや、私は」
「そうなんですか? 見ていればわかりますよ。たとえあなたがデザインドだとしても、あなたはブライトだ」
気まずい、少なくともサイモンにとっては気まずい沈黙が訪れた。
「大丈夫。誰がブライトかなんてことは言いませんよ」
サイモンは、先生の「頑張ってみますよ」、そして「言いませんよ」という言葉を噛み締めていた。そして、どうすれば先生に報いることができるのかも。
「先生。何かあったら私たちを頼ってください。きっと何かができるはずです」
二人はうなずくと、コーヒーを飲み干した。サイモンは足をつけられる場所を探しながら先生の部屋を出た。




