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進化の渦の中で  作者: 宮沢弘
第三章: 次世代へ
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25年め

(*** 25年め ***)


 知性化研究所からイケダがやって来た。

「サイモン、チャーリーが君に相談したいことがあるそうだ」

 そう言うと、スレートを起動する。画面にはすぐにチャーリーが映し出される。

「やぁサイモン。対監視用に通信も、表示、音声にもスクランブルをかけてあるから、すこし見たり聞いたりし難いかもしれない。その点は勘弁してくれ」

「それは、まぁ、経験がないわけじゃない。なぁ?」

 イケダに顔を向ける。彼も歳をとったと思う。

 イケダは私の視線を感じたのか、答える。

「あれはもともと古い技術だ。今、チャーリーがどうやっているかなど、私にはどうも理解が追いつかないよ。ファーラーならどうということもないのだろうがね。彼は今、少し出かけていてね」

「そう言うなよ。君がやった方法を見て、思いついたんだから」

 画面の中のチャーリーは、笑っている。

「それでチャーリー、話というのはなんだ?」

「あぁ、話を戻そう。さて、私がどうやって稼働しているかは、わかっているな?」

「わかっていると言って良いのかどうかは知らないが」

 チャーリーがうなずく。

「まぁそれでいい。それから、君たちデザインド、君のような遺伝情報のモディファイではない、まったくのデザインドのことは知っているな?」

「知っている。主に機能制限型のようだが。DNAを完全に設計しているタイプだな」

 チャーリーが再び頷く。

「さて、そのような連中も、まぁ私もそうだといえばそうなんだが、DNAを使っている。では、DNAを使う理由は何だ?」

 しばらく考えるが、こう答えるしかない。

「いや、理由はないな。強いて言えば、解析の対象としてまずそこにあったからということだろう」

「そのとおりだ。そして、炭素、あるいはタンパク質ベースである必要すらないだろう。それはある意味では人工知能やロボットが実証している」

 私はうなずくが、チャーリーは一体…

「チャーリー、一体何を言いたいんだ」

「蛋白質ベースだと、それは基本的に水を媒質にする必要がある。あるいは水分子が分極していることを前提に、蛋白質ベースのものがなりたっている。まぁ蛋白質ではなく油の類を使うなら、水でない、分極していない媒質を使うのもありうるだろうが」

「一体何を…」

「水が貴重な環境で、例えば珪素ベースのDNA様物質を作れるとしたらどう思う? 場合によっては水のような媒質も要らないとしたら。例えば、電磁場が媒質になるような」

 私は助けを求めるようにイケダに顔を向ける。

「聞いてやってくれ」

 チャーリーが言ったことをしばらく考える。それは、つまり…

「メカニカルに近いように見える人工生物ということか?」

「うん。まぁメカニカルに見えるかどうかは知らないが、そういうことだ。媒質がちょっと問題だがね。低重力かつ小さい単位なら、空間そのものを媒質のように使えるかもしれない」

 DNAの完全な設計は可能だ。ならば、別の物質を使い、同じような働きをさせることは可能なように思える。だがそんなことが実際に可能なのだろうか? 私はまた友人に顔を向ける。

「可能なんだ。チャーリーが使っているシステムで、実際に動かしてみた。チャーリーが物質をデザインしてね」

 あぁ、そうか。彼は確かに年をとった。だが、今日、顔を見てから感じていたのはこれだったのか。

「チャーリー、君は人間の心情を…」

「わかっている。彼にも言っているんだ。能力の話ではないとね。単純に大規模な計算をしただけだ。いや、私が計算したわけじゃない。計算機に計算させただけだ。だが、その、なんというか… 人間同士だって同じようなことはあるだろう?」

 友人は強い自尊心を持っているのだろう。「高い自尊心」ではない。強いのだ。あるいは、それとともに強い好奇心も。これは彼のような人間にとっての祝福であり、呪いでもあるのだろう。

 私はチャーリーに顔を戻した。

「だが、それをどう使う? どこで使う?」

「言っただろう? 低重力だって」

「月か?」

「そっちも必要なんだが。月をメインにするには、たぶん近すぎると思う」

 近すぎる? 地球にだろうが、何がだ?

「なら、火星か?」

「まぁそんなところだ」

「だが、なぜ? なにをするつもりだ?」

 チャーリーがしばらく黙りこむ。

「最近ね、君たちを『ブライト』と呼ぶことがある。まだ認知されている程ではない。それに、正確に言えば、君たちをそう呼ぶというわけでもない。君たちは、いいか、『君たちは』だ。そこでしょげている奴、君もだ。君たちが別種であることは認知されていない。単にギフテッドの言い換え程度にしか思われていないだろう。だがそうでないことは知っているな?」

 荒っぽい言い方をするものだ。だが、チャーリーの優しさでもある。

 チャーリーが続ける。

「おそらく、ブライトだけではなく、一定の知性のあり方を持った、種や起源に拠らない『ヒト』とでも言う存在は、いずれ居場所がなくなる。人類の歴史で何度も繰り返されてきたことだ。ではどうする?」

「それで火星か」

「そうだ。地下にドームを形成し、ドーム内をテラフォームする。以前フィールド航法のテストに参加しただろう。あれで移動できる可能性がかなり増した。船の建造が問題とはなるだろうが」

 ずいぶん悲観的な、いや言い方によっては楽観的なのかもしれない。火星のテラフォーミングと移住とは。

「では、そのナノマシン、いやナノマシンには違いないだろうがシリコンベースとして別の名前をつけた方がいいかもしれないが、それをどうやって火星に送るつもりだ?」

「なに、小さいものだ。カプセルと合わせて3kgかそこいらのものを、軌道エレベータの火星ポートに相当する場所から放り出せばいい。軌道エレベータがあるのだから、大した問題じゃないだろう。火星に着けば、あとは自己増殖するから数億程度の個体を送ればいいだろう」

「君は、『いずれ居場所がなくなる』と言ったな? そのやり方で間に合うのか?」

 チャーリーが少しばかり言葉に詰まる。

「わからない。数億の個体の準備は大丈夫だ。ファーラーはそっちに行っている。それらが地下ドームを作るのに必要な時間は計算できる。だが、その事態がいつ起きるのかがわからない」

「だが、備えは必要というわけか」

「そうだ。それに、そういう事態にならなかったとしても無駄にはならないだろう?」

 私はあれやこれや考え、結論を出した。

「わかった。やってくれ。こっちでできることはやる」

「ありがとう」

 チャーリーはそういうと画面から消えた。


 その後、私はイケダと話した。チャーリーの言い方は荒っぽかったが、彼には何か感じるものがあったようだ。


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